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【Salesforce出身投資家×IBM出身起業家】テクノロジー分野で今注目すべき市場と、有望なIT企業とは

外資IT、SIer、ITコンサル、ITベンチャー等を目指している、あるいは漠然と「IT企業」を志望する学生が増えているが、変化が激しい業界だからこそ、トレンドを捉えて企業を見極める必要がある。 本記事では、ベンチャーキャピタリストとして様々なIT企業に出資してきたOne Capital代表と、IBM出身のGoodfind代表が登場。デジタル・IT領域で注目の企業や市場について、プロの目線で徹底解説する。

Sep, 22, 2021

One Capital株式会社

浅田 慎二 氏

実はGoogleやAmazonも。世界で急成長中の「SaaS市場」

──おふたりは、IT・テクノロジー分野でどのようなキャリアを歩まれてきたのか教えてください。

浅田 新卒で入社した伊藤忠商事で、ITサービス事業部門に配属されました。シリコンバレーに出張して「日本で流行るIT製品はないかな?」と探したことが私のキャリアの始まりです。その後は投資専門子会社に出向し、素晴らしいプロダクトや起業家に出会い、投資したメルカリやユーザベースといった、今や日本を代表するITベンチャーが急成長して上場するのを目の当たりにしました。

そして「大企業でジェネラリストになるよりも、テクノロジー領域のプロフェッショナルになりたい」との想いを抱くようになり、30代前半にSalesforceに転職しました。世界一のクラウド(※1)企業で多くを学んだ後、2020年にクラウドのSaaS領域に特化したベンチャーキャピタルを立ち上げ、現在に至ります。

※1 クラウド(クラウドサービス、クラウドコンピューティング)とは、インターネット経由でコンピューティング、データベース、ストレージ、アプリケーションをはじめとした、さまざまな ITリソースをいつでもどこでも利用できるサービスの総称。例えばYoutubeにアップされる動画やTwitterのつぶやきもクラウド上に保存されている。

伊藤 私は「年功序列で終身雇用が特徴な伝統的な日本の大企業は自分には合わなそうだなと思い、実力主義に見えた外資の方が合いそうだ」と考え、2000年に新卒で日本IBMに入社しました。

「IT企業に行きたい」と思って就職活動をしていましたが、1999年当時、学生の立場ではIT業界内での領域や企業の違いが見えづらかったですね。また現在のようにITのスタートアップやベンチャーの世界が盛り上がる前の時代でしたので、ベンチャーのべの字も知りませんでした。

そして入社後にシステムエンジニアを経験するなかで感じた、日本のIT業界に対する問題意識もあって、27歳でスローガン(Goodfindの運営会社)を創業しました。起業後の15年間は、ITを中心とした新産業領域のベンチャー・スタートアップ企業に対して、人材面で支援しながら新しい産業を盛り上げることに貢献してきました。

──「IT企業」に就職したい学生が、デジタル・IT領域でいま注目すべき市場について教えてください。

浅田 成長領域の企業にいることでポジションやチャンスが増えて人も伸びていくので、ITの中でも伸びている市場を選ぶことが重要です。そして、いま世界で圧倒的に伸びているのはSaaS(Software as a Service、読みはサースまたはサーズ)市場です。

SaaSとはクラウドサービスの1つです。従来は購入してインストールするパッケージソフトとして提供されていたソフトウェアの機能を、クラウドのインターネット環境で提供される形態がSaaSです。

今やSaaSは生活やビジネスに欠かせないもので、皆さんが日々使っているGmail、Zoom、SlackもSaaSです。またBtoCのイメージが強いGoogle、Amazon、Microsoft、Lineも実はBtoB SaaS企業でもあり、大きく伸びています。

ガートナー(※2)のレポートによると、2019年には世界のクラウドサービスの市場規模は10兆円で、年率約10%で成長を続けています。技術進化によりDXの重要性が高まる中、ソフトウェアがビジネスの中心になり、グローバルでは各業界の伝統的企業がソフトウェア企業を買収しています。またソフトウェア市場の中でもSaaSの成長が著しく、世界各国でSaaS業界が立ち上がっており、それによって労働生産性が向上したという数字が示されています。

※2 Gartner 2020年7月 Worldwide Public Cloud Service Revenue Forecastより

日本のSaaS市場の成長と特徴

──世界のSaaS市場では、Google、AmazonやSalesforceといった大手外資IT企業が台頭しているようですが、日本の状況についてお聞かせください。

浅田 日本でもSaaS市場は年平均成長率約13%の勢いで急成長していて、2016年には4社だったBtoB SaaSの国内上場企業は2021年には25に増えています(2021年8月時点)。また2020年の国内SaaS市場規模は約6,000億円ですが、2023年には1兆円へと拡大する見通し(※3)で、伸びしろの大きな市場です。

※3 出典:富士キメラ総研 「ソフトウェアビジネス新市場 2020年版」

伊藤 2018年に日本経済新聞が「日本がSaaS元年を迎えた」と報じましたが、ここ数年は日本のITベンチャー界隈やマザーズ市場でも、BtoB SaaS企業の躍進が目立ち、業績の圧倒的成長はもちろん、大きな社会的インパクトを持っていると感じています。

グローバルな外資SaaSが日本に入ってきている一方で、日本では国内SaaS企業による「日本の中小企業に特化した、使いやすいサービス」が次々に生まれて進化しながら市場が伸びています。例えばクラウド会計のfreee、ビジネスチャットのChatworkなど日本のSaaSが続々と登場しています。彼らは世界的な外資大手のサービスをしのいで、国内トップのシェア(利用者数)を獲得しています。ここ数年でSaaSの導入が加速しており、2020年時点で日本の企業は1社あたり平均約7つのSaaSを利用しています。

浅田 クラウド名刺管理のSansanは、当初はSMB(※4)から攻めていましたが最近は大企業導入も伸ばしており、新サービス Bill Oneといった請求書SaaSをリリースしターゲット市場を拡大しています。また、シングルサインオン(※5)や、アクセスセキュリティの機能を兼ね備えたIDaaS(ID as a Service)を提供しているHENNGE(へんげ)という会社も伸びていますね。同社のサービスは「SaaSを使う際に必要なSaaS」ですから、SaaSエコシステムが急拡大している今の日本においては、多くの企業にとって、なくてはならないサービスとなりつつあります。

こうした勢いのあるSaaS企業が頭角を現していますが、日本のデジタル化を推進するためには、BtoB SaaS市場が日本でさらに伸びていく必要がありますし、次世代を担う皆さんにはSaaS業界を盛り上げる役割を担ってほしいですね。

※4 SMB:Small and Mid-size Businessの略称で、中小企業を指す。

※5 シングルサインオン:1つのパスワードを使えばすべてのシステムやサービスにログインできる仕組み

IT業界の構造的課題と、日本のデジタル化を推進する人材とは?

── 一方でSaaS業界について詳しく知っている学生はまだ少なく、「IT企業=NTTデータや富士通といった大手SIer(※6)や、アクセンチュアのようなITコンサル」と想起する学生も多くいます。そもそも「IT・デジタル領域の全体像」について解説していただけますか?

伊藤 ITと言っても、いわゆる「エンタープライズIT(基幹システム)」と、「ネット(クラウドのプロダクト)」の世界に大きく2つに分かれていて、それがさらにBtoB、BtoCに分かれています。

※6 SIer(エスアイヤー)とは:システムインテグレーターの略。複数のハードウェア・ソフトウェアなどを用いて、部門横断型の汎用的なITシステムを生み出す業務のことを「SI(システムインテグレーション)」と呼ぶ。そして、そのSI業務を提供する事業者がSIer。

伊藤 「エンタープライズIT」というのは、大企業や官公庁などで導入される情報システムのうち特に大規模なものや、業務の中枢を担う全社共通の中核的なシステムのことを指します。

ERPのように既存のパッケージソフトを購入して利用する場合もありますが、日本の大企業や官公庁では、オーダーメイドの業務システムをSIerに発注し、独自の仕様のソフトウェアを開発して導入することが多く、メンテナンスやサポートの契約を含めて結ぶこともあります。

そして学生の皆さんがIT企業として思い浮かべている、NTTデータや富士通や私が新卒入社したIBMのような企業がSIerにあたります。ITコンサルはSIerと一緒に大型案件を受注するための営業機能の側面が強いですね。

そもそも「IT企業=大手SIerやITコンサル」と想起されている背景には、日本のIT業界の構造があります。日本では過去30年間に渡り、企業がシステム開発をSIerに依存してきた結果、SIerの人数がやたらと多く巨大化してきました。

そこにきて、クラウド化・SaaSの波が来て、ゼロからオーダーメイドのシステムを開発する仕事は減る傾向にあります。SNSやゲームなどのtoC向けのウェブアプリケーションの技術がtoBのエンタープライズの世界にも普及する流れもあり、昨今のB2B SaaSの興隆の流れは、B2Bのインターネット化とも捉えられるのではないかと思います。

──日本のIT業界の課題について、おふたりの考えを教えてください。

浅田 IMDの「世界デジタル競争力ランキング2020」によると、日本は27位でデジタル後進国なのが現状です。課題は大きく3つあって、①IT人材の不足、②使いづらく刷新しづらいレガシーなシステムの多さ、③多重下請け構造です。

伊藤 私もそう思いますね。SI業界で過ごすなかで感じたのは「これではITと言いながら超労働集約で、デジタル化やIT活用の本来の利点である生産性の向上につながっていないのではないか?」という疑問でした。

なぜならSIは「人月(にんげつ)ビジネス」といって、大きな契約を長期間で結び、顧客企業のプロジェクトにSEを常駐させることで売上を伸ばす「人材派遣モデル」だからです。

そのようなモデルが成り立ち、日本でSIerが巨大化した背景には、1つめに挙げられた「IT人材の不足」があります。長い間、多くの日本企業では社内にCTO(システム部門担当役員)やエンジニアが少なかったため、システム開発を外部委託に大きく依存してきました。

浅田 2つめの「レガシーなシステム」について、身近な例では銀行のシステムが挙げられます。近年、銀行システムの改修に伴う障害が頻発していることは皆さんもご存知でしょう。その原因は数十年前、銀行業務について詳しくないSIerが、その時代の技術を用いてシステムを作ったことにあります。お客様にとって使いづらいだけでなく、古い技術を用いているために刷新が困難な負の遺産になっている側面もあるのです。

伊藤 3つめについて、大型案件の受託開発は一次請けのSIerだけではできないので、他のシステム開発会社にSIerが業務を発注し、二次三次と多重下請けを作る構造になっています。

そのためSIerの人材の開発力は向上せず、発注者と下請け会社の間に入ってプロマネをしているだけで、自分は技術もよくわからない中、納期に間に合わないプロジェクトを回す役割に陥りがちです。

一方でアメリカなどデジタル先進国では、事業会社側にデジタル人材がいて、自社でソフトウェア開発をできる企業が多いです。日本でもここ数年で、SaaSをはじめITのプロダクト・サービスを持つ企業を中心に、CTOやエンジニアを採用・育成して自社開発する企業が増えつつあり、徐々にIT業界の構造が是正されつつあります。

またシステムを発注する企業側も、オンプレミス(※7)からクラウドにリプレイスしつつあるので、こうした動きが今後日本のデジタル化を推進すると考えています。皆さんが今IT企業に行くなら、日本のデジタル化をアップデートする側の立場を選んでほしいですね。

※7 オンプレミスとは:システムの稼働やインフラの構築に必要となるサーバーやネットワーク機器、あるいはソフトウェアなどを自社で保有し運用するシステムの利用形態。

SaaS企業で身につくスキルと市場価値

──SaaS業界が成長領域であることはわかったのですが、キャリアを積むメリットや、身につくスキルにはどのようなものがあるのでしょうか?

浅田 まずは先行的な市場でキャリアを積む「希少性の高さ」があります。SaaSの上場企業は日本に25社(2021年8月時点)しかないので、そのトップセールスなんてまだ日本に100人もいません。仮にSansanに入社して3年連続で営業成績トップになったとすると、各社から引く手あまたでしょう。

──SaaS企業のビジネス職というと、天才エンジニアがつくったプロダクトを売るセールスのイメージが強く、営業力しかつかないのでは?という懸念を持つ学生もいます。

浅田 もちろん営業だけでなく、マーケティング、製品開発、財務や人事など、他の事業会社同様にさまざまな職種があります。

中でも皆さんが注目すべき職種としては、カスタマーサクセス(CS)が挙げられます。サブスクリプションモデルのSaaSでは、解約されないように既存顧客に喜んでもらい、使い続けてもらう必要がありますが、その主役を担うのがCSです。

SaaS業界では、CSに限らず営業もバックオフィスもみんなが「カスタマーサクセス(=顧客の成功)を提供しよう」と口にしています。顧客の成功とは、自分たちのサービスを使うことで、お客様の売上が増えたり、経費を削減できたりといった価値を受け取っていただくことです。

売って終わりではなく、お客様に尽くして好かれ続けるというビジネスモデルのSaaS業界で経験を積むことによって、ビジネスの基本である顧客志向を身につけることができます。また、お客様の行動データを見ながらソフトウェアを改善し続けるプロセスで、プロダクトづくりを学べると思います。

SaaSの収益構造から醸成される組織カルチャーに注目しよう

──顧客がSaaSを利用するメリットは大きい一方で、SaaS企業としては尽くし続けるのは大変そうに感じます。SaaS企業のビジネスモデルについて、詳しくお話いただけますか?

浅田 SaaSは継続課金型のサブスクリプションモデルであり、長期的な視点で、多くのユーザーから少額の売上を集めるモデルです。旧来の日本のIT業界では、SIerを中心としたオンプレミス型やパッケージ型だったため、1つの案件ごとにいかに大きな契約にして受注するかという、売り切りのフロー型のモデルでした。

SaaSでは「売ったら終わり」ではなく、使いたい期間だけ契約するという「サービスの利用を売る」ストック型のため、ビジネスモデル全体が変わったことになります。従って、SaaSでは目先の利益ではなく、中長期視点で事業運営を行う必要があります。そのためSaaS企業では積極的な投資を行い、5年から10年かけて回収していく戦略をとっています。

──SaaS業界の中でも、新卒入社先として良い企業を見極めるポイントを教えてください。

浅田 「5年から10年先の世界を見据えて、中長期にブレない軸を持っているか?」に注目することが、成功しやすいSaaS企業を見極めるポイントになるでしょう。

中長期の軸を知るためにはミッションやビジョンを見ていくのですが、例えば、freeeという会社は「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げ、自分たちが成し遂げたい世界観を実現するために、長期的な目線でバックオフィス全般を便利にすることにフォーカスしています。

もともと会計領域から始まっているビジネスですが、積極的なM&Aなども駆使して、扱うサービスの領域をバックオフィス業務全般に広げています。「スモールビジネスを、を世界の主役に。」という大きなミッションがなければ、ここまでfreeeのプラットフォームを積極的に拡大することもなかったのではないでしょうか?

伊藤 もう1社挙げると、HENNGEという会社も独特の軸があって良いですね。「テクノロジーの解放」をビジョンに掲げ、その具現化のために「日々新しい技術を試そう」とするアーリーアダプターな文化が浸透していることで有名です。

同社のIDaaSビジネスは、2011年頃のSaaS黎明期に、当時まだ注目されていなかったSaaSをいち早く社内で試し、その経験から生まれたビジネスだそうです。全員がアーリーアダプターとして世界の最先端に向かい続けているからこそ、5年から10年先の世界に対する解像度が他の会社よりも高く、先見の明があるのでしょう。

同じSaaS業界の中でも、各社が掲げるビジョンやミッションは異なり、集まる仲間やカルチャーが異なります。人が織りなす社風やカルチャーを知った上で、自分の才能を最大限活かす働き方のイメージが持てるかどうかを感じ取って、皆さんの人生の礎となる最初のキャリアを歩んでほしいと思います。

浅田 私が就活生の頃は自分の使ったことのあるコンシューマービジネスを安易に見ていましたが、皆さんはしっかり業界研究をしてください。IT業界を目指すのならBtoB SaaSを見て、希少性の高いキャリアを積んでほしいですね。SaaS業界を盛り上げて、日本をデジタル先進国に押し上げていきましょう。

SaaS企業特集はこちら

https://saas-feature.goodfind.jp/

Interviewee

浅田 慎二 氏

あさだ・しんじ

One Capital株式会社

代表取締役CEO

伊藤忠商事株式会社および伊藤忠テクノソリューションズ株式会社を経て、2012年より伊藤忠テクノロジーベンチャーズ株式会社にて、ユーザベース、メルカリ等国内外ITベンチャーへの投資に従事。 2015年3月よりセールスフォース・ベンチャーズ日本代表に就任し、ビズリーチ、freee、Sansan、マネーツリー等B2Bクラウドベンチャーへ投資。2020年4月にOne Capital株式会社を創業、代表取締役CEOに就任。慶應義塾大学経済学部卒、マサチューセッツ工科大学経営大学院MBA修了。

Interviewee

伊藤 豊 氏

いとう・ゆたか

スローガン株式会社

創業者

東京大学卒業後、2000年に日本IBMに入社。システムエンジニア、関連会社での新規事業企画・プロダクトマネジャーを経て、本社でのマーケティング業務に従事。2005年にスローガン株式会社を設立し、2006年よりGoodfindの運営を開始。その後、FastGrowや TeamUpなどメディア・SaaS分野での事業を展開。著書に『Shapers 新産業をつくる思考法』(クロスメディア・パブリッシング)がある。