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日本ロレアル社長が語る、世界的な変化の潮流と化粧品業界に訪れる新たな時代

全世界で化粧品ブランドを展開するロレアルが、AR(拡張現実)とAI(人工知能)を用いた事業展開を図るModiFace社を買収し、化粧品業界に衝撃が走ったのは記憶に新しい。ロレアルは目紛しく変わる事業環境をどのように捉え、そこにどんな成長機会を見出しているのか。さらなる進化を遂げるべく変革を続ける、日本ロレアル社長のジェローム ブリュア氏が、同社が見据える新たな時代について語った。

Nov, 19, 2019

日本ロレアル株式会社

ジェローム ブリュア 氏

VUCA時代に起きる、世の中の激しい変化

2030年の世界はどのようになっていると思いますか?想像してみてください。少し先のことのように思えるかもしれませんが、たった10年後の話です。世界が今より大きな変化を遂げていることは容易に想像できると思います。

日本も含め、今この世界はとても早いスピードで変化しています。私たちはディスラプション、つまり様々な破壊、変化が起きる時代に生きています。“VUCA”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉です。現代社会はまさに、このVUCAの世界だといえます。ルールはさらに変化を繰り返していき、既に慣習化されているもののなかから、意味をなさなくなるものも出てくるでしょう。

化粧品業界においても同様にわずか3年間で、過去30年間とは比べものにならないほど激しい変化が起っており、そのスピードは日々加速しています。

私たちロレアルグループ(以下ロレアル)は、今後数年間で化粧品業界に4つの大きな変化が起きると考えています。まず、顧客の変化。様々な文化的背景から、多様化がさらに進んでいくと想定しています。次にサステナビリティに対する意識の変化。大企業だけでなく、パートナー企業も含め、持続可能なビジネスの展開を求められる時代になると考えています。3つめが、テクノロジーの革新によるこれまでにない新たな機会の拡大です。そして4つめとして、競合環境の変化が挙げられます。過去30年間、化粧品業界は大手5社がしのぎを削ってきました。しかしこのわずか3年間で、デジタルやテクノロジーの発展が、私たちの世界、そしてビジネスのやり方までを大きく変えました。消費者に対して大きな影響力をもつ競合の数はこの3年間で何倍にも拡大しています。今後も熾烈な競争は加速していくと考えています。

2030年、ロレアルが考える未来

私たちロレアルが描いている2030年の世界についてより詳しくお話したいと思います。まず消費者はさらに都市型、混合型になり、人々は仕事やライフスタイルに応じて住む場所を柔軟に変え、デジタルによって常に人や物と繋がっている状態になると予測しています。世界中で国と国とのパワーバランスの変化や世代交代が進み、デジタルネイティブと呼ばれるZ世代やミレニアル世代が大きな影響力を持つと考えています。

顧客に起こる変化のなかで、最も大きいと考えているのが、中流階級層およびシニア層の拡大です。新興市場においても、中流階級および上流階級層が台頭していくと考えられています。高齢化は日本に限らず、韓国やドイツ、イタリア、中国など全世界的に起こると考えられている事象で、シニア層は2030年までに2015年の約2倍になると予測されています。

さらに企業は、より持続可能なビジネスの展開を求められるようになるでしょう。地球温暖化、水質汚染や水不足、プラスチックごみによる海洋汚染など、社会や環境への脅威とされるものに向き合うことが、これまでに以上に必要となります。

化粧品業界において重要になる、デジタルの役割

ロレアルは化粧品という「もの」をつくる、単なるメーカーではありません。すべての人が美しくなるためにできることを常に追求する企業であり、人の身体的な美しさだけでなく、精神的な美しさまでを提供することに真の意味があると考えています。私たちには世界中のすべての人に最高の美をお届けするというミッションがあります。

そのために現在私たちが積極的に推進しているのが、デジタルシフトです。AIやデジタルといった技術は、顧客が望む美を追求するためのサポートになります。

多くの業界ではデジタル化により、既存のビジネスモデルが崩壊することに危機感を抱いていますが、私たちは消費者と直接対話できる非常に優れた機会だと捉えています。実際ロレアルグループには、デジタルアップスキリングのトレーニングを受けた社員が22,000人おり、ソーシャルメディアフォロワー数は35億人、年間のウェブサイト訪問者数は12億人に達します。ECの成長は特に目覚ましく、2018年は昨年対比で48.5%増を遂げています。

創業から現在までロレアルグループは新しいブランドを発掘し続け、今では36ものインターナショナルブランドを有するまでになりましたが、昨年新しい試みを行いました。スタートアップテック企業である「ModiFace社」の買収です。テックカンパニーを買収したことで、顧客との新たな関係性構築や消費者へのサービス提供において、更なる革新的な取り組みが可能になりました。例えば、スマートフォンの画面上で、様々な化粧品を実際に試して、楽しむことができるバーチャル・トライオン機能のサービスもその一つです。また、スマートフォンで肌診断を行い、肌を改善するためにどのような製品を使うべきかを診断してくれるツールもあります。他にも、百貨店の美容部員や美容師、皮膚科医の予約を取れるようなツールも開発中です。

ピュア・ビューティープレイヤーであり、
独自のマルチフットプリントを持つ強み

世界にはたくさんの化粧品を取り扱う会社がありますが、ロレアルはピュア・ビューティープレイヤーであることを基本方針としています。つまり100%、美容に特化した企業であるということです。美容だけに注力しているからこそ、そのブランドポートフォリオをより一層拡充していくことが可能です。また研究開発分野においても強みを持っています。ロレアルグループには、3,800人以上のR&Iエキスパートが在籍しており、投資額は9億1千4百万ユーロ(2018年実績)に上ります。

さらに、独自のマルチフットプリントも私たちの強みです。ロレアルはマス市場、ラグジュアリー市場、どちらかだけに特化した企業ではありません。私たちの製品は、美容院でも、百貨店でも、それ以外の小売専門店でも、オンラインショップでも、ありとあらゆるところで購入することができます。

社会的責任とサステナビリティへの取り組みが
企業をかたちづくる

ロレアルは第三者機関から、社会的責任を負っている企業として認証を受けています。企業の倫理観においてナンバーワンであるという評価も受けていますし、ロレアルグループ全体を通して、社会的責任やサステナビリティに関するプログラムを多数実施しています。

職場環境(キャリアや報酬)においても、男女で平等であることを重要だと考えており、世界的な評価ランキングでも上位の評価を得ています。

サステナビリティにおいてロレアルは、より良い環境や社会の持続的発展のためのコミットメント「SHARING BEAUTY WITH ALL―美のすべてを、共に次世代へ」を掲げ、4つの柱のもと、数々のプログラムを展開しています。グループ全体としてはもちろんのこと、世界各国で、その国々の課題に応じた持続的発展のための取り組みを展開しています。例えば、日本ロレアルでは、化粧品の使用済みパッケージのリサイクルをはじめ、オフィス・工場・研究所において100%グリーン電力を使用しています。また、工場のCO2排出量、水消費量、産業廃棄物量の削減に成功しているのも大きな貢献と言えます。さらに生産の現場だけではなく、通勤や出張など、従業員が移動においてどのような電力や燃料を使っているのか、そうしたことも全てサステナビリティに関わってきますので、企業として努力を続けています。

消費においてどのような行動を取ればサステナビリティに繋がっていくのかについても取り組んでいます。お客様により良い情報を提供したり、自分たちだけではなくパートナーとの協力を図ったり、コミュニティの支援も行っています。そのひとつとして、日本ではシングルマザーを支援するプログラムを推進しています。日本は、他国と比較すると非常に豊かな国ではありますが、社会的な支援から取り残されている人もいるのです。子供を育てていくために、複数の仕事を掛け持ちしなくてはいけないシングルマザーやシングルワーキングマザーが多くいる状況もあります。そうした方に、ビジネススキルや美容の講座を提供し、オフィスワークや日本ロレアルの美容部員としての就労機会を提供することに力を注いでいます。

そして、もうひとつご紹介したい取り組みとして「ロレアル - ユネスコ女性科学賞」があります。これは科学分野における女性の地位向上をサポートするプログラムです。全世界的に女性科学者の割合は低く、ロレアルは、科学の分野において女性が活躍できる強固な基盤を作り、女性の参画を促すことを目指して、ユネスコとのパートナシップのもとグローバル規模で取り組んでいます。日本においても次世代を担う若い女性科学者たちの研究を奨励すべく奨学金を提供しています。

"人のチカラ"を信じ、業界に革新をもたらす

ロレアルが成功してきた秘訣、これは独自の文化、組織、そしてチームにあります。私たちは”美しさのチカラ”を信じていますが、それ以上に”人のチカラ”を信じています。他の業界と比べても、化粧品業界はとりわけ人の想像力や信じる力が最も重要だと言えるからです。

ビジネスをする上では、業界特有の規制や長期的な視野との間で、自由に動くことができないことがあります。しかしどのような状況においても、その人次第で、機敏かつ柔軟に対応していくことは可能です。ですから、私たちは起業家精神に富んだ、アジャイルで機敏な人材を求めています。

また革新や、固定概念に縛られない思考を歓迎し、変化を恐れるのではなく、変化を好む気質があります。さらにロレアルには、どんなに良い評価を得ても、満足することなく改善を続け、チャレンジ精神を忘れないような文化が備わっています。企業として110年の歴史があったとしてもそれに甘んじることなく、これまでよりもっと良くなるはずだという、改善精神やチャレンジ精神が必要だと考えています。

化粧品業界はこれからさらに変化が加速し、成長していきます。ロレアルはそれを機会と捉え、変化に対応すべく、市場や消費者インサイトの分析に取り組んでいます。また、デジタルの重要性を認識し、デジタル化においてこの業界をリードしています。さらに美容に特化した、ピュア・ビューティープレイヤーであるというのも、ロレアルの大事な基本方針です。そのなかで、商品カテゴリ、流通チャネル、価格帯も多岐にわたるという独自のビジネスモデルを持っています。そしてサステナビリティを重視し、持続可能性の分野においてリーダーであることを目指しています。最後に、私たちは人の力を信じています。ロレアルの創業者は110年も前から、「企業とは、技術や機械で成り立っているのではなく、常にその企業の中心にいる人が最も重要だ。」と言っているのです。

ロレアルは世界規模で進化を遂げる110年の歴史ある化粧品メーカーです。しかし、従来の化粧品業界にはない新たな価値を創造する熱い起業家精神を持った企業であるともいえます。またイノベーションの発展に取り組み、業界における課題に先駆者的に取り組むテックカンパニーであるとも言えるでしょう。「自らのチカラで時代に合った産業を創り上げていきたい」。そんな気概に満ち溢れた人にとって、ロレアルにはチャレンジングな環境が広がっています。

日本ロレアル株式会社

Interviewee

ジェローム ブリュア 氏

ジェローム・ブリュア

日本ロレアル株式会社

代表取締役社長

フランス、パリ出身。1989年にEDHEC経営大学院を修了し、1991年ロレアルに入社。2010年ロレアルドイツ社長、2013年メイベリン ニューヨーク国際事業統括責任者などを経て、2015年7月に日本ロレアル社長に就任。