コンサルタントの自由と自己責任

理系修士から日本のトップメーカー・技術職へ。 典型的な理系キャリアから一転、ADLに転職した原田氏。 長きに亘り、日本産業の発展を支援すると共に、 日本代表としてADLの成長を牽引する同氏が、仕事にかける哲学とは?

Feb, 06, 2020

アーサー・ディ・リトル・ジャパン

原田 裕介 氏

コンサルティングは終わりなき自己研鑚の道

アーサー・ディ・リトル(以下、ADL)は1886年、世界で最初に設立された経営コンサルティングファームです。各コンサルティングファームがどのような時代に創業したかというのは企業カルチャーの根底を理解する上で、大切な要素です。ADLが設立されたのはまさにサイエンスやテクノロジーにより、社会や産業構造が大きく変わり、パラダイムシフトが起きた時代でした。こうした背景からADLは現在でも、「世の中を大きなイノベーションや大きなパラダイムシフトで変えていく」という視座を持ちながら仕事をしている人が多いファームです。

皆さん、経営コンサルティングってどのような仕事だと思いますか?これまでは「外部から企業の経営を支援する」というイメージが一般的だったと思いますが、最近は“クライアントと一緒にその会社や時には社会の未来を創っていく”というような仕事が非常に多いです。まず何が経営課題・社会課題なのかを明らかにし、その解決方法を考え、アクションプランを策定し、場合によっては現場に入りながら支援をするという流れです。

ここで一番お伝えしたいのは、これらの仕事は「終わりなき自己研鑚の道」であるということ。コンサルタントとしての基礎的なスキルはもちろんのこと、未来の世の中がどうなっていくのかということを言えるようになるためには、勉強を重ね、考え抜くのはもちろんのこと、お客様に信頼されるに値する人間へと成長しなくてはなりません。資格を取れば将来安泰というようなことは一切なく、例えパートナーになっても、私のように日本代表になっても、立場に関係なく常に自分を磨いていく、学んでいくという姿勢で、クライアントや社会に貢献したいという気持ちで仕事をすることが求められます。また、そのようなマインドセットの方が、少なくともADLには向いていると思います。

コンサルタントのキャリアを意識した、“自発性の尊重”を考えさせられた出来事

私の経歴をお話しますと、元々理系修士で富士ゼロックスの研究開発部門にエンジニアで入社し、企業派遣で米国マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院、同(MIT)技術・政策大学院へ留学しました。その後ADLに入社し、2006年に日本代表、2017年にはグローバルボードメンバーになりました。まずは私自身の経歴とともに、「どのようなキャリアで、どのような考えをもって仕事をしてきたか」についてお話ししていきたいと思います。

当時私が在籍していた富士ゼロックス、あるいは米国ゼロックス社は、先鋭的な企業でした。しかし、例えばパーソナルコンピューターが典型的ですが、実際の商品として、イノベーションを起こしたのは他企業という事例も多くありました。その理由を考えてみると、世の中に革新を起こすためには技術やアイデアを突き詰める力だけでなく、企業の風土や経営の力が非常に重要だと感じたのです。そういった問題意識でMITに留学したのですが、MITでは、自発的・自立的であることの重要性を教えられました。例えば修士論文を書く際に、担当教官を決定するというプロセスがあるのですが、MITでは自分で教官を選んで、自分でプロポーザルを作って、「こういうことをやりたいんだけど、こういうサポートをして欲しい、一緒にやりませんか?」と教授に持ちかけるんです。まさに、「自発性の尊重」の文化を体験しました。

帰国し、ADLに参画した後、ある日本企業とゼネラル・エレクトリック(以下、GE)とIBMの人事管掌役員によるパネルディスカッションがあり、その時の体験も私自身のキャリアに大きく影響を与える事になりました。そのパネルディスカッションに参加していた日本企業の常務は終始、360°評価やコンピテンシー評価など「仕組みや制度」の話をしていました。一方で、GEが述べた内容は優秀な人材を採用・育成するための「基本的考え方」でした。まず、彼らは「とてつもなく優秀な人を採ります」と言いました。その優秀の定義は「100点満点のテストで、99点を取っても、残りの1点を取れなかったことを心から悔しがり、その1点を取るために努力を惜しまない人材」というものです。そして、そういう人材を採用したら配属部門における最難関課題を与えます。さらに、その課題を解決した者には半年間上司をつけない状態を与えて、「課題設定能力」を問います。そこを超えた者は部門を超えたCFT(クロス・ファンクショナル・チーム)で、社長の課題を異なる背景のメンバーのチームで解かせる、というような具合です。

日本企業が施策にばかり目を向ける一方で、GEは施策の前に大事な”人”や”場”、そして”リーダーシップ”に問題意識を持っているということが非常に印象的でした。上から言われたことをやるのではなくて、自ら課題を設定できるかどうか。ここに着目しているという点が特に心に残りました。この経験は今でも「人を育てる環境の開発が非常に大切である」という考え方を私に根付かせました。

イノベーションの定義とその実現のために越えるべき壁

今この時代は、何百年に一度の社会変革、60年に一度の産業変革、15年に一度のICT変革がほぼ同時に起きています。そんな中、毎日のように新たなスタートアップが生まれ、大変な時代に突入しているといえるでしょう。

ちなみに、イノベーションという言葉がありますが、その定義は何でしょう?1903年ライト兄弟が飛行機を発明しました。1927年に飛行機が大陸間飛行を成し遂げました。その8年後、1935年にダグラス社の航空機が初めて空を飛びました。皆さんはこの3つのうちどれがイノベーションだと思いますか?明確な答えはありませんが、ADLではダグラス社の偉業をイノベーションだと考えます。ライト兄弟が成し遂げたことは、発見・発明です。大陸間飛行は、今の言葉で言えばPOCの実施でしょうか。一方、ダグラス社は「飛行機を飛ばしたら事業として成り立つ」ことを証明し、利用者も提供者もメリットを享受できる社会基盤を提供しました。

イノベーションの定義は、継続的に収益を見込めて、関わる人々がwin-winの関係性になれること。そして単品の発明だけではなく、それを実用化するに必要な全てを揃えることができることだと考えます。この二つをもって初めてイノベーションと呼べると考えています。

近年、社会課題の解決を個別の産業を超えた形で実現するイノベーション創造が増えつつあります。「渋滞をどうなくすか?」という問いに対する「データ活用によるインセンティブ付与」「空飛ぶタクシー」など、「新たな社会・産業システムの提案」によって社会課題を解決していくというイノベーションモデルも増えつつあり、そんな変化の中、様々な企業が自社の価値を再定義し始めています。

この状況は1886年のADL設立当時の状況とも大いに重なる部分があります。つまり、ADLの存在意義を十分に発揮できる時代が改めて訪れたと言えます。ここで考えるべきは、どんなに良い戦略を作ったとしても、最終的に壁となる、組織風土の問題です。過去の成功事例や染み付いた慣習がクライアント企業の中にある場合、なかなかそれを変えられず、イノベーションを阻むことにつながります。ですから、そういった事実を踏まえ、ADLでは組織変革における『5つの壁(認識、判断、納得、行動、継続)』を意識して、一つ一つ解決することに努めています。

イノベーションを起こすリーダーシップのあり方

こうした世の中で、クライアント企業におけるイノベーションを実行するまで支援する立場として、ADLのバリュープロポジションは、まず「Anticipate」にあると自負しています。すなわち、どのファームよりも世の中が将来こうなるということをわかっている会社でありたいという意味です。そもそもADLでは、ソーシングのようなプロジェクトは極めて少なく、4分の1が新しいものを創造するプロジェクトで構成されています。

同時に、考えるべきことは、イノベーションを起こすリーダーシップのあり方です。日本における従来のリーダーシップのあり方は、指揮をして確実に作業を任せていくような「強制型リーダーシップ」、背中で引っ張っていく「率先型リーダーシップ」のイメージが強いと思います。もちろん、そういうことが必要な場合もありますが、実はリーダーと思われないような「構想型」「調整型」「民主型」「育成型」といったスタイルが、イノベーション創造のためには必要になってくるんです。ADLはイノベーションがキーワードとなるファームなので、自社のシニアメンバーにもこういう考え方を持っていて欲しいと思っています。その根底には社員の自立性や自発性を尊重するという考えがあるのですが、逆に言うとADLは、各スタッフ自身が言われたことをやるのではなく、自分の想いややりたいことが問われる、厳しいチャレンジングな会社といえるかもしれません。

ADLの組織風土と、社員の根底にあるもの

改めて、ADLについてお話しします。まず一つ目に、「自由と自己責任」。私自身の最初に配属された某半導体事業のプロジェクトでの経験を思い出します。当時、ADLの英国ケンブリッジオフィスに居る、業界に詳しいスタッフに時間を作ってもらえたので、上司に「そのスタッフが出張で来ているシンガポールまで会いに行って良いか?」という質問をしたところ、「一体何を聞いているんだ?行けば良いじゃないか。」と不思議そうな反応をされたのです。「自由と自己責任」という風土は今でもあって、何をするか判断するのは自由で、どれだけ自分で考えぬいて行動したかというところが問われます。その代わり、結果については自己責任という厳しさがあります。

二つ目は「一人ひとりが一騎当千なプロフェッショナルであれ」ということ。pro-active、かつself-starterであることもプロフェッショナルとして重要なポイントです。そして三つ目は、「モチーブ(動機)の重視」です。「power motive」「achievement motive」「affiliate motive」に分類される働く意義とも言えます。1992年にルー・ガースナーがCEOに就任し、窮地に陥ったIBMを復活させましたが、その裏には全社員を対象にモチーブ適性をテストし、「各々のモチーブをマネージすることが、IBMの戦略成功につながっていく」というプログラムがありました。パワーモチーブ型の人は、「私の部門にはこれだけの人数がいる、私は人よりも早く出世した」というような点を重視する。アチーブメントモチーブ型の人は「一昨年は世界8位だったが今年は5位だった」というような、成長を重視する。そしてアフィリエイトモチーブ型の人は、「誰かや何かのために仕事をする、誰かのおかげで仕事ができた」といった、関係性や他者を重視するという考え方を持っています。いわゆる外資コンサルに入社するのはパワーモチーブ型の方が多いんです。良い大学を出て、なかなか入社できない難関コンサルティングファームに入ることに価値を見出している方が多い。もちろんADLとしては、パワーモチーブ型の優秀な方にも沢山来てほしいです。しかしながら、成長を目指して自己研鑚ができるアチーブメントモチーブ型の方、チームのため、クライアントのため、産業のためという働き方のできるアフィリエイトモチーブの方にぜひ入社いただきたいと考えています。

グローバルの中核に位置するADLジャパン

ADLジャパンの特徴の一つは、シンガポールやタイ、マレーシア、あるいは最近だと中国を含めて、アジアの各拠点との連携が極めて密であるという点です。タイやシンガポールの現地人を相手に日本人が中心となりクロスボーダーチームを組成し、国の垣根を越えて助けたり助けられたりしている。ADLジャパンはグローバルでも中核となっており、ドイツオフィスと中東オフィスと肩を並べてグローバルのTOP3に入っています。コンサルティングファームでは非常に珍しい、東京オフィスの存在感が高いファームといえるでしょう。

最後に、「求められる人材」についてお話します。『Problem Solving』(ロジックだけでなく、本質を捉えることができるか)、『Communication』(話す能力だけでなく、聞く・感じる能力が高いか)、『Individual Attribute』(粘り強く思考し続け、逃げないか)、『Attractiveness』(真摯であることで、人を惹きつけるか)の4つです。実はこれ、ADLの評価項目でもあるんですが、この中で特に注目いただきたいのは、『Individual Attribute』(粘り強く思考し続け、逃げないか)という項目。この項目は、“のこぎり型”の人材を指しています。コンサルタントは、頭が”切れる”方が求められます。しかしADLでは、スパっとスピーディに斬る”カッター型”ではなく、じっくりと時間をかけて斬る、”のこぎり型”の人材を欲しています。のこぎりの対象は、“大きな樹”です。腰を踏ん張り、汗を流しながらでないと斬れないんです。言わば知的体力とも言える考え抜く力。そして、答えがないような課題が多い世の中、とにかく「この課題を解くんだ」というコミット力がある方にぜひADLに参画していただきたいと考えています。

アーサー・ディ・リトル・ジャパン

Interviewee

原田 裕介 氏

はらだ・ゆうすけ

アーサー・ディ・リトル・ジャパン

グローバルボードメンバー/マネージングパートナー・日本代表

東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程修了。富士ゼロックス入社後、アメリカに留学。94年にマサチューセッツ工科大学(MIT)のスローン経営大学院、技術・政策大学院を修了。富士ゼロックスでは研究開発のほか、業務改革・企画管理・技術戦略などに従事。ADLには1997年に参画し、情報電子・エレクトロニクス、自動車・機械・産業機器、化学・素材などの製造業クライアントを中心に、コーポレートビジョン、新規事業戦略・技術戦略の策定、組織改革を支援。経済産業省技術経営プログラム企画検討委員などを歴任。