インターネットはアートの世界をいかに変えたか

Jan, 24, 2017

ピクシブ株式会社

伊藤 浩樹 氏 ・ 片桐 孝憲 氏

小さな権力者が、世界を塗り替える

ジョージ・オーウェルの著書『1984年』をご存じだろうか。大衆を支配するためにマスメディアが盛んに利用され、メディア=監視・暴力装置として機能し、ナチス宣伝相のゲッベルスをはじめとする権力者によるラジオの積極利用、大衆扇動がファシズムの高揚に寄与した時代の様相が描かれている。

ところが1990年代、インターネットが出現するとその様相はがらりと変わった。それまで不特定多数に対する情報発信は、メディアの権益を握る一部の特権階級しか行うことができなかったが、インターネット普及後は誰もが発信者となることが可能になったのである。

メディアで起きたこのパラダイムシフトは、アートの世界へも影響を及ぼした。現代アート創作と鑑賞の双方をつなぐプラットフォーム『pixiv』は、アートの世界の評価権威を大衆へ移行させた。変革を象徴するサービスの一つと言えるのかもしれない。

では、pixivのようなインターネットサービスは、どのようにアートの世界を変えたのか。またこの変化を起こす要諦、人に求められる資質とは何なのか。同サービスを運営するピクシブ創業者であり現・取締役の片桐孝憲氏、代表取締役社長の伊藤浩樹氏へインタビューを行った。

―この10年間でアートの世界はどのように変わったのでしょうか

片桐 ここ10年間で、アートコンテンツはより簡単に描いて、より簡単に発表できるようになった、と言えるのではないでしょうか。お絵描きソフトの充実が個人による創作を容易にし、その影響でアートの作り手(以下、クリエイター)は増加しました。また、ソーシャルゲームやライトノベルの流行に後押しされて、特にクリエイターの中でもイラストレーターの仕事が増え、収益化の機会が増えました。さらに社会的背景としては、オタクカルチャー自体がより一般化したという変化も挙げられるでしょう。

―では、そんなアートの世界にpixivが介在したことによる変化とは

伊藤 もともと趣味でイラストを描いていたような人が、pixivでランクインして有名になり、さらに仕事の依頼が来るようになることをきっかけに、クリエイターとして生きる道を考え始めるなど、新しいクリエイターへの道程が生まれました。さらに、そんなクリエイターを見た他のユーザーが「自分にもできるかもしれない」と思って連なる。

―pixivにランクインしたら有名になる

片桐 そう。たとえば「ひとりの絵描き」にとって、以前だったら、自分の作品を発表する場は、コミックマーケット(漫画・アニメ・ゲームその他周辺ジャンルの自費出版の展示即売会 )に出展したり、ギャラリーを借りたり、ホームページやブログを開設する、もしくは雑誌に掲載してもらうなどの手段しかありませんでした。そうしてようやく色々な人に見てもらえていたのが、今やpixivでランキングに入ると、一気に何十万もの人に見てもらうことができます。特別な権威に認められなくとも、ユーザーに〝好かれた〟人が評価される仕組みが誕生したのです。

―クリエイター側の力が強まったということでしょうか

伊藤 そうとも言えますね。現在ではたくさんの出版社がpixivのランキングをチェックして、どのクリエイターに声をかけるかを考えているような状況。pixivによって個人のクリエイティブへの関心は高まったし、同時に個人のクリエイターが及ぼす影響力が高まったと思います。

片桐 例えば、過去にpixivから商業デビューした漫画家で180万部のヒット作を生み出した作家もいて。そんな環境を整えていると言えるかもしれないですね。

―ヒットを生み出せるようなクリエイターを育てているということでしょうか

片桐 いえ、違います。僕らは作品が「ヒットすること」や、クリエイターが「有名になること」だけを是としているんじゃないんです。もっと根本的な話をすると、ユーザーが創作することが楽しい、と思ってもらえる環境を整えること。それがインターネットサービスとしてのpixivを成長させることだと思っているので、目指すところはそこなんですよね。そう考えた時、クリエイターにとって最適な環境をつくっていくということが、一番pixivの成長につながる。

―「インターネットサービスとして」とは

片桐 多くのユーザーを獲得した者が勝ち残り、そして進化していく世界(=インターネットの世界)で展開するサービスとして、という意味です。人はより多くの人に使われている方を選ぶ。それがインターネット界の真みたいなものだと思っています。それは、例えていえば、早い方が勝つ、F1みたいな世界。

―なぜ、そんなインターネットの世界でビジネスをするのでしょうか

片桐 面白い人や尊敬できる人と仕事をしたいからです。多くの人が集まるサービスを構想するのも技術的に作り支えるのも、難しいこと。だからこそ面白くて優秀な人が集まっていると感じています。

―では、クリエイターにとっての「最適な環境」とは

伊藤 プロになるとか、売れるとか以前に、物をつくることとか、絵を描くこと自体が楽しいと思ってもらえる環境でしょうか。pixivが好きで、そこに居続けた先に、本当に面白いコンテンツが生まれるという考え方は、すごく大事にしています。

インターネットサービスとして重要なのは滞在時間の長さと継続性だと思っているので、短期的な収益よりも、サービスの中で投稿したユーザーの数や、新しくサービスを使い始めたユーザーの数、そしてユーザーの滞在時間等が大切な指標です。幸い、この指標での数字は増えていて、現在MAU(月間アクティブユーザー数)は500万を超えています。

―収益よりも、インターネットサービスとしての在り方を重視しているということでしょうか

片桐 最低限の収益は必要ですよ、でもそれ以上にインターネットの世界で「人気のある」サービスを構築することの方が難しいし、価値があることだと思っている。むしろ、最も稼ぐには、人気のあるものをつくることが本質的だと思っています。人気さえあれば収益化の機会はたくさんついてくるので。

インターネット的な感覚がない経営者だったら、「今月10人デビューさせましょう」とかいう目標を掲げて、クリエイターがデビューした際に自分たちへ収益が入るような規約を設けたりするかもしれません。もしくは、イラスト自体を売る、イラストを発注するクラウドソーシングをして手数料を取るビジネスモデルも思いついたりするでしょう。でもインターネットサービスってそうじゃないよね、っていうのが私にはあって。より多くのユーザーを取りに行くっていうのが全て。そこを取りに行かずに収益性を上げるっていうのは、インターネットサービスとして死だと思っているんですよね。なにか過去に違うやり方をして痛い目にあったわけではなくて、インターネット的な感覚でそう思っている。

―では、pixivそのものの魅力とは何でしょうか

片桐 TVが生まれたからバラエティ番組やテレビドラマが生まれた。インターネットの世界では「ネットコンテンツ」「ウェブ漫画」などインターネット受けするものが生まれている。そんな中で、pixivには、独自の、〝pixivで評価される〟ものがある。pixivが一つの文化圏として存在していて、pixivという文化がインターネットと協働して世界に広がっていく可能性を秘めている。その大きな創造力が魅力なのかもしれません。

―そんなpixivが今後も拡大を続けていく上で必要な人材とは

伊藤 客観的視点で「使われるサービス」とは何かを考え、説明できる人でしょうか。

もちろんクリエイティブ領域への想いや、コンテンツへの興味も大切かもしれませんが、ピクシブはクリエイターがどうこう以前にインターネットサービスの会社なので、インターネットサービスとしてどう運営・設計していくかを一緒に考えることができる人が、良い視座でプロダクトをつくっていけると思いますし、信頼されて仕事をすることができると思います。

片桐 ピクシブって傍目から見ると、特殊な集団と思われがちで。アニメやマンガといったコンテンツに詳しくないと活躍できないんじゃないかという誤解がある。でもそんなことは無く、当たり前のことを当たり前にできることの方が重要だと思います。むしろ全然アニメやイラストの世界を知らない、異質なバックグラウンドを持つ人が入ってきた方が、新しい視点からpixivを見直す機会になり、有意義なのではないでしょうか。

―異質なバックグラウンドといえば、伊藤様は戦略コンサルティングファームご出身ですよね

片桐 ええ、伊藤のように、ビジネスへの知見が深く、ピクシブを一事業として成長させたいという探究心を持つ人は、ピクシブに大きな影響をもたらしてきました。私が創業して以来、ピュアなインターネットサービスだったpixivのビジネスプロセスを伊藤が再設計して遂行し、途中で生じる困難な取引に対しても、粘り強く交渉してくれました。今後も伊藤のような人がピクシブに新たなシナジーを生み出し、変革を進めていくでしょう。私はそんな期待に胸を膨らませています。

ピクシブ株式会社

Interviewee

伊藤 浩樹 氏

いとう・ひろき

ピクシブ株式会社

代表取締役社長

1986年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業後、モルガン・スタンレー証券、株式会社BCGを経て、2013年よりピクシブ株式会社に参画。新規事業立上げや事業全体のマネジメント等に取り組んだ。2017年1月より代表取締役社長に就任。

Interviewee

片桐 孝憲 氏

かたぎり・たかのり

ピクシブ株式会社

取締役

創業者・元代表取締役社長。1982年浜松市生まれ。2005年Webシステム開発会社を創業。2007年イラストコミュニケーションサービス「pixiv」を開始。