会社を辞めた後、ノルウェーへ。キャリアパスとして
はクレイジーな選択が、経験として記憶に残るものに

どのような学生生活を送られましたか?

典型的なお気楽学生で、あんまり勉強せずサークル活動に熱中していました。テニスサークルのトマト、スキーサークルLBJ、それからマルセル・デュシャンというフランスのダダイストを研究するサークルなどに入っていました。

就職先にKDDを選んだ理由は何ですか?

何らか国際的なことをしたかったからです。教養学部の国際関係論学科でしたし、英語もまあ自信があったし、外国に関心があったので。世間知らずな学生だったので、会社のことを良く知らずに就職を決めてしまいました。今のKDDIとは違って、その当時のKDDは独占企業で、非常にお役所的で、その独特のマンネリズム、官僚主義的な感じが嫌で辞めました。

その後放浪の旅に行かれましたがその時のことについてお聞かせください。

放浪といってもお金がなかったので、英字新聞でノルウェーに仕事をみつけ、そこで日本人観光客の世話や、現地ガイドのアサイン等の仕事をしました。この仕事は夏しかなかったので、秋・冬はなにか新規事業をやろうということで、スウェーデンなどからログハウスを輸入する交渉などをしていました。今でも私が輸入したログハウスは八ヶ岳のまわりなどにいっぱい建っています(笑)。で、春になるとまた観光の仕事をしていました。ノルウェーには一年半ほどいて帰ってきました。キャリアパスからすればクレイジーな選択だったのでしょうが、経験としては非常に記憶に残るものになりました。

その後ADLに入社されますが、そのきっかけは何ですか?

当時、大前研一ブームで、大手銀行を2ヶ月で辞めてマッキンゼーに転職した友人から、コンサル業界の話を聞いて面白そうだと思ったのです。いろいろ応募してADLからオファーを貰って入社しました。結局、6年半位いました。最初はこれだ!と思ってコミットしていましたが、途中で何か違うと思うようになりました。その後自分が本当に何をしたいかが分からない状態、いわゆる「モラトリアム人間」の状態が長く続きました。

コンサルの仕事についてどう思われますか?

若いうちからトップの目線にたって、経営に近い仕事ができます。が、常に背伸びをしつづける苦しい仕事で、誰もが長くできる仕事ではないですね。ほんとうのタフネスが必要とされます。

起業家を目指すようになったのはいつ頃ですか?

ADLで周りの優秀な人間が起業していく中で、30代後半から起業を意識するようになりました。アメリカ人にとっては、起業は普通の選択肢ですが、当時の日本人にはまだまだ「異端」でした。

その後AOLに転職されますが、そのきっかけは何ですか?

ADLが通信系のクライアントに強く、業界知識や興味があったのもありますが、直接的なきっかけはヘッドハンターの誘いがあったからです。コンテンツディレクター、マーケティングディレクターを務めました。コンテンツの事なんて何も知らないのにとりあえずやってみるという感じですよ。いわば全員素人でした(笑)。でも、当時インターネット関連は新しい産業であったためたくさんのチャンスがあり、そこでは少し頑張れば抜きん出ることが出来る環境でもありました。

"Right place, Right timing" ビジネスはタイミング

次々と新しいビジネスを立ち上げる西川会長の着眼点には目を見張ります。何か秘訣などあるのですか?

自分の直感にしたがって、これだ!と思うことをやるだけです。会社勤めを辞めて、インターネットビジネスに自分のエネルギーを100%集中してやるぞと思い、スタートラインについたことが幸運でしたね。当時はまだインターネットビジネスがまったくといっていいほど普及していませんでしたから。ビジネスは、タイミングがとても重要です。今であれば、良いタイミングになっている何か別の分野があるはずですよ。"Right place, Right timing"が大事です。

なぜ起業したのですか?

自分の城を作りたい、理想郷を作りたいという願望はありましたね。会社勤めをしている以上は、例えば尊敬できない上司から低い評価を受けることなど、色々と不合理を感じることは多かったです。理にかなわない事が通用するというのが、ぼくにとっては許容できなかった。人によっては偶然の導きをポジティブに捉える人もいますけれども、自分の人生の舵取りを自分でしたいという想いはありました。

新規事業を立ち上げることの楽しさと辛さを教えてください。

世の中にないものを生み出して世に問うことができる部分が楽しいですね。もちろん全然ダメってこともありますが、自分が構想したものを世に問うことは毎回わくわくします。辛さとしては、現実的には、常に資金がそれほどない状態でずっとやってきましたので、資金不足を理由に事業を諦めざるを得ないときもあって、そういう時は辛かったですね。あとは最初うまくいっていても、最後まで問題なくうまくいくことなんてまずないので、途中で大きなトラブルが発生した時などは辛いですよ。簡単には諦めないという気持ちで突破していけば良いだけですが。

ngi groupはアジアを見据えた海外展開をこれから強化していくとのことですが、
中国・ベトナム戦略について教えてください。

経済成長率が高いけれど日本より市場が遅れているという点で、中国は今すごく良いですね。日本での経験を向こうに持っていくと、日本で成功のポイントをつかんでいる分上手くいきやすいと思います。そして、事業における成功の秘訣は、人間同士の信頼関係だと思います。現地で、信頼できるパートナーを見つけて、出資し、ネットワークを広げています。アメリカのシリコンバレーにいた中国人の発掘もしていますよ。ただ、中国は歪みというかバブル的な部分もありますけどね。ベトナムは成長率も高く、勤勉かつ親日的で、今後おおいに期待できる国です。いまハノイ工科大学と提携し、現地のIT企業への投資をすすめています。

大手企業にはない御社の魅力を教えてください。

すばしっこくどんどん意思決定をして、どんどん動いていくことができるスピード感があることですね。大手だと事前の予備調査に時間をかけたりしていて、直感で決めて動くことはまずできませんが、うちではそれができます。

学校の外に出て経験を重ね、自分は何がやりたいのか、
何が向いているのかを卒業までに見つけること

今後のビジネスの展望はどのようなものですか?

インターネットビジネスを核としながら、いろいろな新しい技術やトレンドにキャッチアップしてビジネスチャンスを捉えるようにしていきます。一例を挙げると、国立の産業技術総合研究所との共同研究をしていて、共有知ブラウザを作ろうとしています。共有知ブラウザとは、多くの人が使えば使う程便利になっていくみんなで作り上げていくタイプのオープンソースのブラウザです。今はマイクロソフト社のInternet Explorerが主流ですが、それに比べて無数のメリットが作れるわけです。それは開発に集う技術者のコミュニティによっていかにして良いアイデアや改善点が提起されるかが勝負です。ブラウザをオープンソースでやるのは世界的にも珍しいので野心的なプロジェクトです。でも、一般的にR&Dの成功率は20%もないので、成功したら万々歳です。仮に失敗したとしても、失敗の蓄積ができて、それらを元にいずれ何かが実を結べば良いという感じでやっています。

また、セカンドライフに象徴されるメタバース(仮想空間)も様々な形でビジネスになるのではないかと思っていて、色々な形で出資しています。この間、中国のセカンドライフと称されるHiPiHi(ハイピハイ)に出資しました。今は懐疑論の方が強いのですが、10年後にはセカンドライフのような仮想世界の住人が一定レベルには到達するのではないかと思います。

御社の求める人材像はどのようなものですか?

最低限、ネットを使いこなしていて、地頭の良い人ですね。専門性とか知識は後からでも獲得できるのでこれからでいいです。あとは、世界旅行とか何でも良いですが色々な経験をしている人。ポジティブシンキングで明るく楽しく前向きに一緒に働いてくれる人が良いですね。それから、日本にとどまらず、世界を股にかけて何かやってやるぞという意気込みがある人を求めています。

学生時代の過ごし方についてのアドバイスをお願いします。

学校ばかり行っていないで、学校の外に出て色々な経験をして、自分には何が向いているのか、自分は何がやりたいのかを卒業までに見つけられれば良いですね。やりたいことを見つける、ということについては、学生時代には無理でも、社会に出てから5年の間には見つけて、それに全身全霊を込めて打ち込むべきです。あとは、このままうかうかしていると日本は没落していく可能性があるので、常に身の回りや世界でおきていることに問題意識、危機意識をもって、世の中の矛盾や変な所を何とか解決してやろうというソリューション型の人になってほしいですね。裸の王様という寓話がありますが、「王様はなぜ裸なの?」と言える人になってほしい。つまり、学生らしく、「青臭い」といわれるくらいのまっすぐで真摯な率直さを、社会にでてからも持ち続けていただきたいと思います。

ngi group 株式会社

事業内容:インターネット事業・ネット企業育成
所在地:〒107-0062 東京都港区南青山1-26-1 寿光ビル3階