インターネット黎明期のアメリカ裸一貫で飛び込んだ世界最高峰の地
大学卒業後に入社した東芝では、当時全く未経験の領域だった情報通信関係の研究所に配属されました。その後、インターネットの普及とともに高速情報通信網の研究や、研究所の立ち上げなどさまざまな経験をさせてもらいましたが、なんといっても入社2年目に経験したアメリカでのプロジェクトが私の人生に大きな影響を与えました。当時アメリカでは、クリントン大統領の下、情報スーパーハイウェイ構想という全米のコンピュータを光ケーブルによる高速通信回線で結ぶという構想がありました。
当時の私は、技術的な知識は多少ありましたが、一方で生まれて初めてパスポートを取得し、英語もまともにしゃべることができませんでしたので、まさにインターネット黎明期のアメリカという異国に、裸一貫投げ込まれたという状態でした。また、プロジェクトには、インターネットの父と呼ばれる、ヴィントン・G・サーフ( 現・Google副社長兼 チーフインターネット エバンジェリスト )とロバート・E・カーン( 現・CNRI CEO )が関わっており、とても刺激的な仕事をすることになりました。
コロンビア大学研究員時代に感じたアメリカのスピード感
日本に帰国して2年間、東芝にて研究を続けた後に、再度アメリカのコロンビア大学において客員研究員として高速インターネット技術の研究活動に携わることになりました。このとき、我々が研究をしていた技術の国際標準化を目指すという話になったのですが、大企業の研究者という立場上いろいろなしがらみがあり、製品化の計画は頓挫してしまいました。その間に、別組織で同じ分野の研究者たちが、似たようなアイディアを用いてその技術を製品化する動きがあり、結局彼らはすぐに製品化をしてしまったのです。このとき感じたことが、日本の大企業は意思決定が遅く、プロダクトラインのフットワークが重いということ。一方でアメリカには、「いい技術はどんどんビジネスにしてしまえ」という勢いがあると感じました。歴史を紐解けば、アメリカでは民間主導で情報産業が創られてきたのに対して、日本では官営主導で国連の基準を用いて進められてきたので、情報産業ビジネスにおけるマインドの差が生まれてしまっているのが現実です。
日米のトップ5%の違い
アメリカ人と日本人との違いを聞かれることがありますが、80%の人たちは似た志向性を持った人たちだと思います。ブランドや安定を求めて、組織に依存し続けるタイプの人たちです。ただ、両国のトップ5%の人種におけるマインドの違いは決定的です。アメリカのエリートと呼ばれる人たちの場合、企業はあくまで通過点で、ずっといる場所ではなく、むしろずっといるほうが馬鹿だと思っている人が多いと思います。
また、彼らは失敗することは当たり前だという前提をもっています。逆に失敗を恐れて挑戦しないことのほうが、かっこ悪いというマインドです。残念ながら、日本のエリートといわれる人たちに限っていえば、そのレベルまでいっていないのが現実ではないでしょうか。
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