どのような学生生活を送られましたか?
ラグビー漬けの毎日でした(笑)。
二歳上で理科一類に入った兄に負けたくないという理由で受験したら合格してしまった、という程度の考えでしたので、文科一類に入ってもあまり目的意識を持てませんでした。教室にはテープで録音しながら講義を一言一句ノートに写すような秀才がたくさん。この人たちと競争するのは嫌だなと思いましたし、対照的に勧誘を受けたラグビー部の人たちはワイルドで(笑)、すごく魅力的に見えたんです。
ラグビーの経験は全く無く憧れだけで入部して、普通の東大生とは異次元の世界に入りました。すぐ授業には出なくなり、ラグビー一色の学生生活になりました。僕は不器用で体も小さかったし、高校からの経験者もたくさんいましたので、必死でがんばりました。
東大は関東大学対抗戦というリーグに加盟していて早稲田や明治、慶応といった強豪と対戦しますので、本気で体作りや練習をしないと死んじゃいますから、真剣にやりました。3年生のときから一軍の試合に出るようになり、22年振りに慶応に勝ちました。東大ラグビー部卒という感じですね(笑)。
リクルートに就職されるまでの経緯を教えてください。
帰国子女の端くれということもあるせいか、もともと
人と違うことをやりたいという気持ちがすごく強かったんですね。バブルでしたし、部の先輩ルートもあって有名企業や外資系投資銀行などから内定を頂きましたし、自分でも30社くらい訪問して色々模索していたんです。
そのころリクルート事件が起きまして、リクルートからも誘いを受けていましたので断りに行ったんですね。そうしたら採用担当の人に
「出来上がった会社に入って出世して、本当に満足出来るのか?自分で道を切り拓く方がお前らしくないか?」と言われて、すっかりその気になってしまったんですね。断るつもりが入社を決意してしまった(笑)。友人や先輩には驚かれましたし親にも反対されたんですが、反対されればされるほど意思が固まりました。天邪鬼なんですね。
リクルートでの10年間はどんなものでしたか?
入社前に配属希望を聞かれて、一番の花形はなんですか?と聞いたら「営業だ」と言うので、営業を希望したんですが、
実は何をやっている会社か、営業がどんな仕事なのか、全然知りませんでした(笑)。
求人広告営業の部署に配属されて、いきなりイエローページを渡されて「アポ取れ」。「は?」って感じで(笑)。めちゃくちゃ後悔しましたね、最初は。なんで俺はこんなことやってるんだろうって。毎日アポ取りとか飛び込みとか、プライドを傷つけられるような気がして。最初だけラッキーで業績がよかったんですが、すぐ駄目になって一年くらい目標を外し続けました。
二年目の夏、ちょうど新婚の頃なんですが、あるお客様候補のところで新人の後輩とバッティングしたんですね。お客様から「選べないから、内部で決めてくれ」って言われて、社内でくじ引きで決めることになり、勝って意気揚々と上司に報告に行ったんです。そうしたら「新人と競争して、中身で選んでもらえないのか。
負け続けるとエリートでも惨めなもんだな」って言われたんです。ものすごくショックでした。
これがきっかけで、やるからには本気でやろうと腹をくくったんです。3年目くらいから芽が出まして、その後は徐々に実績もあがるようになって、トップ営業マンの仲間入りをしました。その頃出会った経営者の方々とは、今でもおつきあいが続いています。結局6年間営業をやったんですが、ある程度やり尽くした感もありましたし、もう少し広い世界を見たいなと思っていたところに、社内で人事コンサルティング部門立ち上げの話があり、参加して4年間コンサルタントとして仕事しました。
リクルートでは上司に恵まれたと思っています。
傲慢でプライドだけ高かった僕を遠慮なく叩きのめし(笑)、育ててくれた。おかげで今の僕があると思っています。