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こんにちはゲストさん
CLINKS株式会社 河原浩介氏 未経験のIT業界に飛び込み、業界の問題点に挑戦する

学生時代についてお聞かせください。

バイトと遊びが中心で、勉強は全然しませんでしたね。とにかく毎日を楽しく過ごすことが大事でした。サークルはオールラウ ンドサークルで、ダンスパーティーの集客をしたり、バイトは本当にいろいろやりました。

どのような就職活動をされたのでしょうか?

商学部でしたので、周囲には証券会社や銀行、商社などへ就職する人が多かったのですが、それらの業種にはあまり興味がありませんでした。メーカー志望は少なかったのですが、自動車が好きでしたので、漠然と自動車メーカーに行きたいと思っていました。ほぼ全ての自動車メーカーに資料請求をして、それぞれOB訪問をしたのですが、メーカーによって社風が全く違うことに気がつきました。例えば、あるメーカーでは「うちが欲しいのは、自動車好きよりも車をビジネスとして扱える人だ」と言われました。一方でマツダでは、車好きのOBが車に対する思い入れを熱く語ってくれました。自分にはマツダの方が合いそうだなと思いました。

マツダでの仕事についてお聞かせください。

最初の一年は部品貿易の担当として、海外とのやりとりに従事し、その後は営業/マーケティング部にて、ディーラーの営業支援や販売促進を行いました。具体的には、車を販売するディーラーの店頭で行う週末のイベントを企画したり、販促パンフレットを作成したり、あとはディーラーが車を売った時のインセンティブの制度設計などをしていました。このマーケティングの仕事をしている中で、はじめてコンピューターと出会いました。販売促進活動を進める上で、販売データをディーラーと共有するために、必要なデータをホストコンピューターから切り出し、分かりやすい形に集計しなおしてディーラーに提供する必要がありました。当時のコンピューターは、現在のような使いやすいインターフェースのものではありませんでしたので、必要な切り口でデータを加工するためにプログラムが必要だったのです。

自分で決めたことじゃないと、
モチベーションがあがらない

キャリアの転機はどんなところだったのでしょうか?

仕事自体は面白かったんですよ。ただ、もしかしたら自分は大企業には合っていないのかもしれない、と思うようになってきたんです。

自分は自分で決めたことじゃないとモチベーションが上がらないということに気づいたのです。自分の判断で物事を決めたくても、大企業だから稟議も大変ですし、社内のしがらみも多く、やりづらい。決定権を持つためには出世すれば良いのですが、その道のりもあまりに長く感じられました。当時は、出世頭の課長が最年少でも38歳といった感じでしたから。

そこで思い切って退職し、一年間コンピューターの勉強をしました。ITを仕事にしようと思ったのですが、当時は今の様にITの市場は大きくなく、就職先を見つけるのは簡単ではありませんでした。とりあえず、前職と関連のある分野であるガソリンスタンド関連のマーケティング・ベンチャーに二年ほど従事したあと、32歳ではじめてコンピュータの仕事を始めました。その後、プログラマー、エンジニアとしてはもちろん、サーバ管理運用やヘルプ業務などでも、お客様から相談される立場となりました。ITマーケットのポテンシャルの大きさを感じました。会社も順調に規模拡大し、30代中盤以降はマネージャー、やがて役員として経営にも携わりました。その後、自分の会社を立ち上げました。

起業した理由は、エンジニアたちのモチベーションを向上させるために何かできるのではないかと思ったからです。クライアント企業に常駐することがエンジニアのモチベーション低下につながっているのではないかと思いました。そこを改善するために、エンジニア同士のコミュニケーションの活性化に取り組むことにしたのです。

CLINKS株式会社

事業内容:ネットワークの構築・運用、システム開発、採用コンサル、研修サービス
所在地:〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町 1-11-2 川商ビル2F

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