日本の将来を変えるのは若い人たちの「志」
この20 年間日本のGDP は成長せず、政治や経済の問題で、国全体が活力を失っています。そんな中、世の中が悪いとか政治家が悪いとか、景気が悪いとか、そんな愚痴を言っても自分の器を小さくするだけです。愚痴では何も世の中は良くなりません。こういう時こそ、日本をもう一度よみがえらせるために、高い志のもとに多くの若者たちが結集して、自分たちの世代が頑張って、もう一度世の中を明るくしていくのだという気概を持つことが大切だと思います。
「志高く」これが私の人生の座右の銘です。夢と志は違います。夢は漠然とした個人の願望であり、志は個々人の願望を超えて多くの人々の夢を叶えようとする気概です。夢はこころよい願望だが、志は厳しい未来への挑戦です。夢を持つなんて程度で終わらずに志を高く持たないといけない。
私がそう考えるに至るきっかけは15 歳のときに読んだ『竜馬がゆく』(司馬 遼太郎著)でした。そして、私にとっての脱藩は、16 歳のときに病気の父親をおいて渡米したことです。何を成したいかは見えなかったが、何かでっかいこと、多くの人を助けたい。自分や家族の私利私欲じゃなく、人生を燃えたぎらせ、ひきちぎれるほど頑張ってみたい。その想いが強烈に芽生えてしまったのです。
渡米後は死ぬほど勉強しました。トイレでも道歩くときも教科書を読み、寝る時間以外は全部勉強に費やしました。そんな日々を送る中、ある日突然、雑誌で見たマイクロプロセッサの写真に衝撃を受けました。人類は脳の働きを超えるかもしれないものを創造したという事実を知り、これからどのように人類社会が発展するかを想像し始めて、おそろしい衝撃を受けたのです。それをきっかけに、その後1 年間で250の発明を考案し、世界初のポケットコンピュータ(音声機能付自動翻訳機)を教授・研究員とともに開発しました。その結果、大学在学中に当時の金額で3 億円以上稼ぎました。でも、もっとでかいことをやりたい、と考えて当時の会社は売却して帰国したのです。
しかし、帰国後1 年半は悩みに悩み続けました。自分の人生をどういう人生にするかを安易に決めたくなかったのです。自分が決めた仕事をころころ変えるのは効率が悪いからです。自分のエネルギーをどこに費やしたらいいのか。自分が登りたい山はどこか。自分の志は何なのか?その中でも、事業家を志すことだけは、はっきりしていました。自分の技術、知識、情熱で何百万人、何千万人の人の役に立ちたい。そして常に何か技術革新があり、冷めない情熱を一生持ち続けられるテーマとは何か。行き着いた結論は、デジタル情報革命。「デジタル情報革命で、知恵と知識の共有を推進し、人類に貢献する」ことでした。
デジタル情報革命という志を見つけ、挑戦し続けたこれまでの30 年
30 年前に掲げたビジョンは、豆腐のように1 兆( 丁)、2 兆( 丁) と数える規模の事業をやりたい。そして、世界中の人々に情報革命を起こす、ということでした。しかし、アルバイトの社員2 人の前で熱く語ったら、1 週間後に2 人とも辞めてしまいました。
会社設立後1 カ月でエレクトロニクスショーへの出展とカタログ出版に全財産を費やす大勝負に出ました。全く反応がなく万事休すかと思いきや、1 週間後に上新電機から電話があり事業提携を結ぶことができ、1 年で年商20 億円になりました。順調な滑り出しと思っていましたが、私に重大な病が発覚し、その後3 年半の間、入退院を繰り返しました。社員も取引先も去り、資金難もあり、メディアから広告掲載を拒否されるなど苦難の日々が続きましたが、何とか乗り越えて30 代を迎えました。大きな軍資金を手にするために株式公開をし、インターネット先進国のアメリカに行くと決意しました。上場当時は時価総額二千数百億円の規模にも関わらず、800 億円で世界最大の展示会コムデックスを運営するThe Interface Groupを買収しさらに、コンピュータ業界で世界最大の出版社ジフデービスを2300 億円で買収するという二度目の大勝負に出ました。これから来るインターネットの新しい時代を航海し切り拓くためには、地図とコンパスが必要だと考えたからです。宝探しに行くのに一番必要なものを手にしたおかげで探し当てた宝がヤフーでした。当時、アメリカで創業したばかりで社員6 人のヤフーに百億円を投資して筆頭株主となり、同時にヤフージャパンを設立しました。40 代はもうひと勝負すると決めていましたから、まずはブロードバンド事業に参入しました。当時、日本のインターネット環境は世界一遅くて、高いと言われていたため、何とかしたいと思ったからです。日本のインターネット業界全体、全ユーザのために、何とかしようと考えました。この時、自分の志は何だったかを改めて考え直し、デジタル情報革命のために人生を捧げているわけだから、日本を世界で最安、最速のインターネット環境にしようと決めたのです。
「金もいらない、地位も名誉もいらない。命ですらいらない。そんな男が一番厄介だ。そんな厄介な男じゃないと大事は成せない」幕末の西郷隆盛の言葉です。
私たちも大事を成すために、厄介な存在になろうじゃないかと。当時の最大手インフラ企業に比べて約半分の料金で、5 倍の速度のサービスをやろうと、儲けを度外視した事業計画を立て、「日本をブロードバンド先進国に」という志のもと行動しました。もともと、独占的なシェアをもった企業がやらないのであれば、自分たちがやるしかない。そう考えてスタートしました。最悪、自分たちが押しつぶされても、日本のブロードバンドの夜明けが来るなら、それはそれで目的が達成できるなら良い。新しい時代が来ればそれで良いじゃないか。革命というのはそういうものだ。そういった覚悟がないと事は成せないと真剣に思ったのです。その後、年間1000 億円ずつ4 年間赤字を出しながら、血反吐を吐く思いで頑張り、結果、世界最安、最速のブロードバンド環境を実現できました。
40 代のもう一つの勝負はモバイルインターネットです。当時、時価総額2 兆円のソフトバンクが、ボーダフォン日本法人を現金2 兆円で買収しました。国内史上最大規模の企業買収でした。純増契約数No.1を実現するために、端末、ネットワーク、ブランディング、コンテンツの課題を克服していきました。その結果、一気に契約数を伸ばしました。iPhone なども契約増の要因となりました。3 年連続純増1 位になり、累計契約数も増加の一途を辿ったのです。
現在の中長期方針は、モバイルインターネットNo.1、そしてアジアインターネットNo.1 です。産業革命の段階的発展を振り返ると、第一次はイギリス中心・軽工業中心で、第二次はアメリカ中心・重工業中心でした。今は、第二次産業革命の末期で、中心は中国・インドに移り、日本の競争力が弱まっています。これから日本が工業生産国家として競争力を取り戻すことはありえないでしょうが、唯一復活できる分野は人口数ではなく頭脳で勝負する分野。つまり、IT です。第一次IT 革命は、アメリカ中心・PC 中心でしたが、第二次IT 革命はアジア中心・モバイル中心です。モバイルを制するものがインターネットを制する、アジアを制するものが世界を制する時代の到来です。
携帯電話ではなく、モバイルインターネットと言われる時代になるでしょう。そして、アジアが重要な時代になります。GDP の世界第2 位は中国です。インターネット人口も、2015 年には中国を中心としたアジアが全世界の50%を占めます。ソフトバンクグループは既に、中国のインターネット分野で、企業間e コマース(アリババ)、オークションサイト(タオバオ)、オンライン決済(アリペイ)、SNS サイト(レンレン)といったグループ合計で最大規模のユーザーを獲得しています。
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