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米国トップビジネススクール ゴールドマン・サックス出身の女性企業家が語る 21世紀型・新しい企業体創出への挑戦記 フォルシア株式 代表取締役社長 屋代 浩子

周囲の反対を押し切り、銀行ではなく野村証券へ。 女性総合職の第一期生として活躍

私の大学時代はバブルの全盛期で、何を見ても何をやっても楽しく、すべてのことに熱中した大学生活でした。父の仕事の関係で小さいころは外国で生活していたこともあり、世界を飛び回るような仕事がしたいとずっと思っていました。大学で経済や国際金融を学び、金融の世界にとても興味を持ったことから、就職活動は銀行・証券を中心に話を聞いて回りました。総資産からみた世界の金融機関のトップテンには日本の金融機関がズラリと上位にならんでいた時代です。企業の先輩の話を聞くとあまりのスケールの大きさにワクワクしたものです。金融機関は数百人レベルで大量採用をしていましたから、銀行・証券会社それぞれから内定をいただきました。当時は、今と違って証券会社のステータスは銀行よりも低く、親を含め周囲は皆、銀行への就職をすすめました。しかし、私はどうしてもグローバルに大きな仕事がしたかったのです。大量の同期がいる中で、見劣りする自分が、身の丈以上であるグローバルな仕事をさせていただける確率が最も高いと感じたのが野村證券でした。会社のステータスやら周囲の目などは全く気にならなかったし、眼中になかったですね。

実際、入社後は国際業務部といわれるデリバティブを扱う部署に配属され、毎日が驚きの連続となる充実した日々を過ごしました。しかしながら、デリバティブというのは高度な金融工学を駆使する仕事です。新卒の自分のふがいなさを痛感し、金融工学をきちんと学んでみたいと強く感じ、MITへの留学を決めました。

ゴールドマン・サックス勤務から、広く社会に役に立つ仕事がしたいと思い立った転換点

MIT卒業後、夢に一番近づけると思ったのが米系の投資銀行だと思い、東京のゴールドマンサックスに雇ってもらいました。今考えると毎日がドラマのようでした。米系の投資銀行は資本主義の権化のような場所ですから、お金の流れ、社会の仕組み、経済の仕組みを骨身にしみこむまで学ばせていただきました。私の上司で、机を並べて8年間一緒に仕事させていただいたのは現マネックス証券の松本大さんです。あの人はすごい人です。すごい人々とすごい時代にすごい会社で痺れる日々を過ごし、伸びゆく外資系金融を精一杯支えました。とても充実した期間でした。結果的に、外資系金融に大きな利益と成長をもたらしたわけですが、外資系金融と機関投資家という限られた人々に提供してきた私達の発想や技術を、今度は広くあまたの普通の人々に提供できないものだろうかと考えるようになりました。ネットが普及してきましたら私達でも一般の人々の為になることができるかもしれない。今まで培った自分たちの持てる力をすべて使って多くの人々に役立つ何か新しいサービスを作ろうと思い立ち、フォルシアを起業しました。

フォルシア株式会社

事業内容:商品検索エンジンの開発
所在地:〒160-0022 東京都新宿区新宿4-3-25 オリックス新宿ビル9階

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