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地方発の破壊的イノベーションがビッグデータ時代のマーケティング革命を起こす

最先端のデータセンターをインターネットマーケティングを行うベンチャーが立ち上げる。データセンター事業の経営は、誰が見ても厳しい状況にある。それにも関わらず、何らノウハウが無い中でなぜ、数十億円規模の大規模投資に踏み切ったのであろうか。

Jun, 17, 2016

株式会社メディックス

水野 昌広 氏

真のビッグデータ解析を実現している企業はほぼ存在しない

■山本 「ビッグデータ」は今や誰もが知るトレンドとなりました。しかし、ビッグデータが本来意味する「整っていない巨大なデータ」を自社で集約し、それを分析して自社のマーケティングに活用できている企業はほぼいないのが現状です。例えばWeb上に集まるデータとリアル店舗、楽天、アマゾン・ドット・コム、ヤフー等のモールデータさえ統合できていないなど、データの集約段階で止まっている企業の例を多く目にします。実は、このデータ統合が進まない主な原因は、組織の中にあります。例えばリアル店舗が顧客を奪われるのを恐れ、売上・顧客データをネット店舗に利用させないという事例が多く見受けられます。この問題を解決するためには、データ統合の前にリアルとネットを統合して社員を評価できる制度を整える必要があることを考えると、根深い課題であると分かります。企業規模が大きいほど、この傾向は強くなりますね。このように現状マーケティングで使用できるデータは、サイトのアクセスデータやECサイトの購買データ、CRMデータ等に偏っています。もちろん、これらのデータもビジネスの改善に非常に役立ちますがビッグデータと呼ぶには不十分です。もっとダイレクトにビジネスに活かすには、少なくともWebから得られるデータを情報システム部門(以後、情シス)が管理する基幹データと紐付ける必要があります。

■水野 基幹データには、皆さんの持つクレジットカードや電子マネー等から得られる決済データ、レジのPOSデータや在庫データなど個人情報を含めた膨大なデータが含まれます。これらはマーケターにとって喉から手が出るほど欲しい情報ですが、情シスとうまく連携できていないため、実際は効果的に活用ができていないのが現状です。企業の基幹システムとのデータ連携には億単位の予算を要することも多い上に、情シスはエンドユーザーとの距離が遠く、マーケティング視点を持っていないことも、データ統合が進まない原因かもしれません。

■山本 こうした課題を見つけることができたのは、私たちが10年以上にわたり事業領域を含む総合的なマーケティング支援を経験する中で、業界の全体像を見てきたからでしょう。当社は一人ひとりがクライアントの課題解決を一気通貫で行うため、物事を俯瞰する力が自然と身に付く環境です。だからこそ、マーケティング会社の領域からはみ出した課題にも気が付くし「私の担当領域ではない」という思考にならず、フラットな視点で解決策を考えられるのだと思います。今回のケースで言うと「どうしたらデータ統合を実現するために、情シスと協力関係を築けるようになるのか」ということを考えるようになるわけです。

データセンターがITとマーケティングを結び付ける

■山本 そのような折、2011年に東北の復興支援プロジェクトを通して出会ったのが、クラウド事業やデータセンター事業の立ち上げを支援されているNCRIの津田会長でした。津田会長はデータセンターの首都圏一極集中を解消しようという働きかけをされていました。面白そうな取り組みだと思い、当初は個人的な付き合いとしてマーケティング支援をしていました。その当時はメディックスがデータセンター事業を始めることなど私自身全く想定していませんでしたが、データセンターの市場と現状について理解を深めていったある瞬間、データセンターこそがメディックスの抱える今の問題点を全て解決し得る事業であるということに「ハッ!」と気付いたわけです。

■水野 データセンターの大口の取引先は、企業の基幹システムや情シスと密接な関わりを持つシステムインテグレータ(以後SIer)です。つまり、データセンターを押さえることでSIerと自然に連携できるようになり、彼らと組むことでマーケティングデータと基幹データの統合を実現し、メディックスとしても顧客のWebマーケティングを強力に支援することができます。さらに山本は、データセンターの機能にデータマネジメントという機能を加えることで“データマネジメントセンター(DMC)”という新たな事業のコンセプトを編み出しました。マーケティングの現場に長年存在していた課題を解決できるロジックが見えたからこそ、60億円規模の資金調達をして新会社データドックを立ち上げてまで、知識も経験も無かったデータセンター事業に踏み切ったのです。

社会的意義の大きさと後発優位性が、投資の決め手となった

■山本 2017年にメディックスが新潟県長岡市に建設するデータセンターは、Webマーケティング業界の課題だけでなく、データセンターの首都圏一極集中という課題も解決し、地方創生にも貢献します(※参考記事)。さらに、外気と雪氷を利用することで機械冷房を一切稼動させないため、データセンター運営コストの4割を占める冷房費を削減できます。お財布にも環境にも優しい、イノベーティブで高効率なデータセンターなのです。このように社会的意義の大きな事業モデルであったことも、水野が投資を決断した大きな理由でしょう。新規事業を立ち上げる際、事業の優位性だけでなく社会的意義も重視するのがメディックスらしさだと言えます。

首都圏の従来型DCとのコスト比較(出典:メディックス)

500ラック規模のデータセンターを1年間運用した際のコスト比較
※ 試算条件:1ラック=10KW、22人雇用、契約電力=15MW
注)本資産は前提が遺産であり傾向はこの通りであるが、実際の数値は実際の建築見積やその他条件変動によって変化することに留意する必要がある

■水野 また、上場している大手の既存事業者が、このプロジェクトを進めることは難しいように思います。現存するデータセンターの大半は2000年以前に50年間での減価償却を想定して建設されているものであり、このタイミングで老朽化を理由に巨額の減損処理をすることを株主も役員も許さないからです。その点、メディックスは現時点でデータセンターを所持していない上、未上場ベンチャーであり小回りが利きますから、私の判断で思い切った投資を行うことができました。つまり、データセンターはインフラ型の事業でありながら、実は後発優位性のある事業であったことも異業種参入を決断した理由です。

一つの道を極めたからこそ発想できたビジネスアイデア

■水野 山本がデータセンター事業を発案したように、メディックスはボトムアップで新規事業を立ち上げます。なぜなら私は、新しい事業の種は社長の頭の中ではなく現場にあると考えているからです。これだと思うものがあれば、すぐに私に提案すれば良いのです。ただし単なる思い付きの新規事業を認めることはありません。長期的に価値を生み出す新規事業を打ち立てたいのであれば、ベースとなるスキルや知見が一定の基準に達していることに加え、自分やメディックスにしかできない価値を加えていくことが必要になります。山本はWebマーケティングを極めた先に、まさに自分ならではの視点を活かして、ビッグデータ分析のベースとなるデータマネジメントセンターという構想を提案してきました。メディックスの強みが活かされ、かつ山本個人の強い想いが込められた非常に筋の良い案であったと思います。メディックスは突出した技術力があるわけでも資金力があるわけでもないため、次々とアプリケーション等をリリースして、当たれば事業化というようなことは基本的に行いません。山本もこれまで数々の新規事業の提案を私や部長に却下されています。彼も過去の失敗から、メディックスにフィットする事業が何かを学び、今回の新規事業が出てきたのだと考えます。言い換えれば、私たちは本質的で社会的意義の大きな事業であれば立ち上げる覚悟と姿勢を持っています。成功確度の高い事業提案には、最終的な事業プランを固めるために1000万円まで予算も準備しています。時間はかかっても、真に世の中の役に立つ骨太な事業を打ち立てたいという気概を持った方の挑戦を、メディックスは歓迎します。

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水野 昌広 氏

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株式会社メディックス

代表取締役

株式会社リクルートに新卒入社後の1992年、広告制作プロダクションとして知られたメディックスに参画。業容拡大およびデジタルマーケティング分野への新規参入を牽引。その後の成長基盤を確立した。2006年にYahoo!優秀代理店賞10期連続達成、2013年にはGoogleアナリティクス認定パートナーとなるなど、その実力は折り紙付きである。

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山本 祐二 氏

やまもと・ゆうじ

株式会社データドック

取締役

2003年メディックス入社。BtoBの営業からスタートし5年目にマーケティング部のマネジャーに最年少で抜擢。SEOプロジェクトを立ち上げるなど自社のコンサル力強化を図る。2012年に新規事業開発室を立ち上げて企画したECコンサルティング事業は3期連続180%で急成長。2016年に新たに提案した事業がメディックス初の新会社として立ち上がり、取締役に就任。