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マッキンゼーを辞めて世界の農業を変えることにした

マッキンゼー・アンド・カンパニーを辞めて、世界の農業の課題に挑むベンチャー企業に飛び込んだ菊池氏。彼女はなぜ大胆なキャリアチェンジに踏み切ったのか。根底にある課題意識と未解決問題に取り組む醍醐味を語ってもらった。

Jun, 14, 2016

株式会社SenSprout

菊池 里紗 氏

修行期間を経て、再び愛する農の世界へ

私はもともと自然に囲まれると心が落ち着くこともあり、田んぼや裏山や茶畑のある、父の実家が好きでした。そのため大学では、発展途上国の農業や水産業に関する課題を研究していました。それが発展途上国に何かしら貢献したいと思うようになったきっかけです。それが、東日本大震災をきっかけに私の意識は海外から国内へと移り、一時は東北に飛び込むことも考えましたが、その前に自分の課題解決能力を上げようとマッキンゼーに入社しました。入社したときからマッキンゼーを修業の場として捉え、何か面白そうなことを見つければ辞めるつもりでした。

SenSproutを知ったのは、ハイテクノロジーに興味のあるマッキンゼーの現役メンバーと卒業生との交流会の場です。ITの力で農業における課題解決をしている面白い大学発ベンチャーがあるという噂を耳にし、興味を持って話を聞きに行きました。マッキンゼーを辞めた後は大学に戻って博士課程を取ることも考えていたので、ビジネスとアカデミックの交差する大学発ベンチャーの環境は魅力的でした。そこで、あらためて自分が心からやりたかったことを突き詰めて考えてみました。「テクノロジーを用いて農業や水産業の課題解決を途上国でやりたい」。そのことに気づき、マッキンゼーを辞めて、SenSproutの正社員第一号としてジョインすることに決めました。

今、地球に水が足りない

地球上で飲み水として使える水は、北極・南極の氷を除けば全体の1%もありません。また、その1%のうち、70%が農業用水であることをご存じでしょうか。世界人口は今後も増え続けるため、水不足は深刻化することが予想されます。食糧を増やそうとしても水不足によって農作物を生産することができなければ、食糧危機は免れないでしょう。そこで、農業において一滴の水でより多くの作物を収穫することができないかと考えて生まれたのが、土壌をモニタリングするスマートセンサー『SenSprout』です。

葉っぱの形をした『SenSprout』を土に挿しておくと、静電容量の変化を検知できるセンサーにより、土の中の水分量を測ることができます。葉っぱの部分を触ると、水の量に応じてLEDが点灯し、水分の多寡を教えてくれるのです。昨年、1万ドルをクラウドファンディングで募集しましたが、わずか数時間で目標を達成しました。また、ワイヤレス通信機能のついた農家用の『SenSprout Pro』を使えば、地中の温度と水分量のデータをリアルタイムに計測することが可能です。いずれは肥料の含有量データなども受信できるようになりますから、作物ごとに水や肥料の量を変えたいといったニーズにも応えられるようになるでしょう。

低コスト化を実現したのは、2つの先端技術だった

今までにも類似の製品は存在しましたが、どれもセンサーだけで45~70万円と非常に高額で、大規模農場への導入は容易ではありませんでした。しかしSenSproutは業界の常識を覆し、100分の1にあたる数千円で提供しています。低コスト化を実現したのは、今まで農業には活用されていなかった電子回路の印刷技術とEnergy Harvesting(環境発電)による無線給電技術です。電子回路を印刷して作れば、少量生産でも大量生産でも低コストで製作できます。また、環境発電とは、普段は捨てられてしまうような振動や光、熱、電磁波などの小さなエネルギーを〝収穫〟して活用する技術です。この技術を用いれば、メンテナンスコストも低く抑えられます。

さらに大学からのバックアップにより、データへの信用を世間から得られたことも競合優位性となり、SenSproutはアントレプレナー世界大会「THE VENTURE」で第2位に選ばれるなど、世界でも高く評価されています。

巨大かつ、未踏の課題に挑む醍醐味

実際にSenSproutで働き始めて、未解決問題に挑む難しさと面白さを日々感じています。マニュアルの無いベンチャーの世界では、試行錯誤しながらやり方を自分で模索しなければならない難しさもありますが、その分充実感も大きいです。北海道から宮崎まで足を運び、農家で実証実験を繰り返しているのですが、消費者である農家の方々との距離が近く、生の声を開発に活かせることにやりがいを感じています。

国内では高齢化に伴い農業従事者不足が懸念されています。光や水の過不足を機器が感知し、自動的に水やりをしてくれるといったスマート農業が実現すれば、人手は要らなくなりますよね。これからはプロダクトを進化させながら、こうした社会ニーズにも応えられればと考えています。

一方で世界に目を向けると、インドやアメリカの西海岸といった乾燥地帯では地下水の利用が有料であり、水資源不足は国家規模の課題として認識されています。クラウドファンディングや、ベンチャーの世界大会での受賞をきっかけに、最近では、モザンビークやバングラデシュからも問い合わせがあります。望めばたどり着くのだなと感慨深いですが、今後はマッキンゼーで海外メンバーと共働した経験を活かして、途上国をはじめ世界の課題解決に貢献したいですね。

あわせて読みたいおすすめ書籍

SenSproutとは

土壌モニタリングのセンサネットワークのコンセプトアプリケーション『SenSprout』。土の中の水分量や降雨を検知できるため、大規模農業や高付加価値作物の灌漑の最適化、地すべりやがけ崩れリスクの評価への応用が期待されている。

株式会社SenSprout

Interviewee

菊池 里紗 氏

きくち・りさ

株式会社SenSprout

マネージャー

東京大学農学生命科学研究科2014年度卒業。新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、製造業の成長戦略や組織戦略の立案に携わる。2016年4月より株式会社SenSproutに参画。営業やマーケティング、プロモーションなど事業面全般を担当。好きな野菜はトマト。