世界中のあらゆる場所に電子回路を埋め込む

資金力のある大企業が築き上げてきたものづくりの世界で、今、ベンチャー企業が担うことのできる役割とは。東京大学から端を発し、大企業とも共同開発を行うAgIC代表の清水信哉氏に聞いてみた。

Jun, 30, 2016

AgIC株式会社

清水 信哉 氏

IoT時代に向け、あらゆる場所に電子回路を埋め込む

AgICが現在取り組んでいるのは、電子回路や電子デバイスを、印刷技術を利用することで形成するプリンテッド・エレクトロニクス領域です。これまで回路は、フォトレジストと呼ばれる特殊な化学薬剤で回路部分を保護し、エッチング工程で不必要な箇所を溶解するという手法で製作していました。これがプリンテッド・エレクトロニクスを用いることで、これが写真を印刷するのと同様に、プリンタから回路を印刷することができます。プロトタイプの作成はわずか数時間でできますし、試作から大量生産までの製作プロセスを高速化することが可能です。

私が今の事業の着想を得たのは、3Dプリンタが普及し、ものづくりのあり方に大きな変化が起きていた2013年の秋でした。当時、ものづくりの中でもお金と時間がかかっていた電子回路の設計を、どうにか安く簡単にできないかと考え、たどりついたのがプリンテッド・エレクトロニクスの領域でした。

今後、IoTと呼ばれる世界が到来します。そこでは、これまでのような電子デバイスのみならず、机や椅子のようなものにまで、デバイスが組み込まれるようになるでしょう。プリンテッド・エレクトロニクスで印刷された回路シートは、薄く、軽く、フレキシブルです。例えば、医療機関では心拍数を計測できる担架など、今までになかったデバイスが生まれるかもしれませんし、機器が増えて配線の重さがネックになっている自動車や航空機、ドローンの軽量化にも寄与するでしょう。

日本から世界へ。プリンテッド・エレクトロニクス業界のリーディングカンパニーへ

このように、プリンテッド・エレクトロニクスは、IoTの流れが進むと大きく伸びることが予想され、2024年には全世界で9兆円の市場になるとも言われています。そのためアメリカではシリコンバレーの中心部に製造技術研究所を設立し、国を挙げてプリンテッド・エレクトロニクスに取り組もうとしています。

しかし、電子回路のインクジェット印刷はナノインク、フィルム、温度などの組み合わせが上手くいかないと実現しない難易度の高い技術で、製品化に成功している企業はAgICの他に存在しません。そのため、当社は世界でもトップポジションを狙える位置にいます。AgICは今後も、世界へと駒を進めていきます。

ベンチャー企業と大手企業とのコラボレーションの可能性

実は、これまでの躍進の裏側には、大手企業とのコラボレーションがあります。プリンテッド・エレクトロニクス自体は、昔から2020~30年ごろには流行すると予測されていましたし、それに備え大手企業は、この分野の研究開発を長年続けてきました。このような、資金力を活かした長期的な研究は、大手企業ならではの強みです。一方で、企画から製品化に至るまでに多くの意思決定が必要となるために、不確実性が高く、リスクの高い領域での事業化は難しいのです。

そこでAgICが、大手企業の中で眠っていた技術を掘り起こし、今回の事業化に至ったわけです。ベンチャー企業は新規市場開拓に向いています。なぜなら、事業化までの意思決定が早く、短い分、多少のリスクがあったとしても製品化に踏み出せるからです。また、意思決定者とユーザーの距離が近いため、ユーザーの生の声を聞きながらスピーディーに製品を改善できます。これは、ユーザーと距離がある大手の材料・機械メーカーにはない特長といえるでしょう。

大手企業とベンチャー企業双方が、こうした異なるメリットを互いに活用し合うことは重要です。数十年単位での研究開発が必要な技術は大手企業が提供し、不確実な領域での事業化の部分はベンチャー企業が背負うことで、ものづくりの可能性はもっと広がるでしょう。

AgICの技術を応用した株式会社SenSprout

銀ナノ粒子インクで印刷した電子回路で作ったスマート農業センサ。水資源問題の課題である農業用水の削減に挑戦。

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AgIC株式会社

Interviewee

清水 信哉 氏

しみず・しんや

AgIC株式会社

代表取締役社長 経営・開発

2012年に東京大学大学院情報理工学研究科で工学修士取得。大学では大規模自然言語処理の研究を行いつつ、電気自動車製造サークルを創設し、機械設計・製造にもあたる。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2014年1月にAgIC株式会社共同創業、代表取締役社長就任。社内では経営に加え、設計、調達、生産技術なども担当。