OBOGガイドブック 現役大学生と卒業生を結ぶキャリアマガジン
シリコンバレーで評価される人材から見る、日本人学生が歩むべきキャリアとは?

日本社会から脱出しよう!


一般的なものの見方からお話しますが、日本社会では組織に属すること自体に価値が生まれていることがよくあります。その結果、会社が社員を放さなかったり、社員もそれに甘えたりして、多くの会社人間が製造されます。すると、彼らは社内政治や出世争いにエネルギーを割かれ、会社から一歩外に出ると市場価値の低い人材になってしまっているというケースが多く見受けられます。さらに大きな視点でみると、大企業というよりも日本という国が保守的な態度を保持していると言えます。例えば、米国永住権の証明であるグリーンカードに対するサポートの低さも、日本の保守的態度を表しています。私はそんな狭い日本の中から飛び出して、世界を舞台に勝負してみたいと考えている若い人々を、ぜひ応援したいと思っています。


「どこで」ではなく、「なにを」していたか?


アメリカで転職する際は、「どの企業で働いていたか」ではなく、「何をやっていたのか」を徹底的に見られます。日本の場合だと、有名企業で働いていた人が重宝されるイメージがありますが、アメリカでそんなことを言ったら笑われます。あくまで何ができるのか。これまでどのように自分の能力を活かしていたのか。採用者はそこを見るのです。肩書きではなく、実力を問われる世界です。おそらく日本でも今後そのような方向に進んでいくと思います。ここから言えることは、できるだけ実践的な経験をたくさん積み、現場で生かすことができる実力を身につけているかどうかです。よく誤解されがちですが、大きな組織で達成したことよりも、小さい組織で少ないリソースを有効活用し達成したことのほうが認められやすい傾向があります。大きい会社では、その企業の名前で仕事ができてしまうだけでなく、そもそも成功しやすい土壌が整っているなかでの成果なので、大きい会社での経験は、個人の能力として認められにくいのです。若い人たちには、小さな組織で大きな役割を果たすことも是非視野に入れていただきたいと思います。


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シリコンバレーリポート OBOGガイドブック企画


シリコンバレーリポート 浦田丞さんインタビュー シリコンバレーリポート 浦田丞さんインタビュー

Intel8080で始まったマイコンブームに先駆けて、4ビットCPU等を使って組み込みシステムの開発を行い、1982年にコンピュータの本拠地米国へ移住。UNIX登載用のTCP/IPのプロトコルスタック開発を行い、その後、1985年からAT&T/Lucentベル研究所で16年間、データ通信、ネットワークマネジメント、メッセージングシステム等の開発をする。その間、日本移動通信(現KDDI)のデジタル携帯電話用の交換機のシステムエンジニアリングの為に日本AT&T/Lucentで5年間の東京勤務をする。1997年にシリコンバレーにあったCIOグループへ帰国着任し、Lucentベル研究所のメッセージンググループ(元オクテル)の開発マネジャーを最後に早期退職した。その後、米国トーメンで米国InfiniBand製品の技術移転を担当し、2006年4月にTechnocross社を設立しInfiniBandを中心とするコンサルティング業務を始める。
AT&T/Lucent在職中に米国1件、日本2件の特許を取得。


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