
大学生活で打ち込んだものは何でしたか?
東大のピアノの会に入っていました。後に一緒に起業する仲間もこのサークルの友達でした。また、駒場祭の実行委員をやっていました。高校の先輩が実行委員をやっていたので、誘われる形ではじめました。肩書きが好きな東大生が集まっていたようで、財政局長という偉そうな肩書きでお金の管理をしていました。今も駒場祭にはほぼ毎年来て、銀杏並木の黄色い葉が散るのを見ながら、当時の仲間と飲んでます。
博士まで進まれた理由は?
もともとコンピューターが好きだったので何となく研究者になろうとは思っていましたが、修士の時には就職活動を少しだけしました。メーカーの研究所などを受けたのですが、経済的にも時間的にも余裕がある間は、誰かのためにお金を貰って働くよりも、好きなことができる大学の方が良いかと思って博士課程に進みました。お金で時間を買うというモラトリアム感覚だったかもしれません。
博士課程中に友人とデュオシステムズを起業し、後にピコラボを起業されていますがその経緯を教えてください。
実際に博士になって研究を始めたときに自分が研究していることと世の中で必要とされている技術にギャップがあることを強く感じました。
ちょうどその頃はバブルの盛りで、世の中でも大規模なシステム開発が数多く行われ、プログラミングのアルバイトなどで色々な会社を見る機会も結構ありました。そして実際の企業で仕事の現場を見てみると、学生の私から見ても、仕事のやり方が遅れていると感じたのです。
当時のアメリカではソフトウェアに関する研究開発は急速に進みつつあり、私も情報科学を大学で研究していたわけですが、日本の開発の現場では、そういったことをほとんど知らない人達が人海戦術でとりあえず動くソフトウェアを作っている感じでした。当時は根性、気合、努力だけでソフトウェア開発をしているような状況だったのです。
そんな話を同じサークルの友人としていて、会社でもつくってみようかということになり、デュオシステムズを二人で創業したのですが、最初はもっと簡単にビジネスが成功するものだと思っていました。世の中こんなに遅れているのだから、新しい技術を用いればオセロゲームのようにどんどんひっくり返していけるものと思っていたのです。
しかし、実際にやってみて、まず一枚目の駒が打てないことに気付きました。会社を作って半年くらいは、最初の駒を打つために必死でした。そして、何とかトヨタ自動車の新しいCADシステムの開発に携わることができ、この最初の駒から、ようやく会社として仕事が回っていくようになりました。
私たちがデュオシステムズでやろうとしていたのはソフトウェアの部品化技術(オブジェクト指向)で、ソフトウェアを部品化することで部品の組み合わせにより効率よく新しいソフトウェアを作ることができると考えていました。トヨタのCADシステムを作っているチームの中にオブジェクト指向技術を利用してもっと高機能な新しいCADを作りたいという方がいらっしゃったので、一緒に仕事をすることになりました。
これが、我々の最初の駒となったのですが、最初の駒を打つためには技術だけでなくその技術を分かってくれる人との出会いも必要だ、という当然の話を自分でやってみて初めて実感できた次第です。
その後の90年代中頃から世の中は大きく変わりました。インターネット、携帯電話などの新しい技術が登場した時代です。オブジェクト指向技術も開発者にとっては当然のものとなりました。ソフトウェア開発の世界も昔に比べればだいぶ良くなってきたと思います。
2004年にデュオシステムズは東証マザーズに上場して、業務の中心もソフトウェア開発からビジネス側の上流にあたるコンサルティングへとシフトしていきました。
それと同じ頃に、私は原点に戻って、技術の上流にフォーカスを当ててみようと考えました。そこで研究開発とビジネスを効果的につなぐための支援の仕組みを作ろうと思い、ピコラボを創業しました。
他の企業の研究室や教授の道もあったと思いますが、起業という道を選んだことに不安はありませんでしたか?
あまりありませんでした。無謀で楽天的なところが良かったのかもしれません。「起業のリスクは?」と問われたときに、しっかりとリスクを答えられる人は怖くて動けなくなってしまいます。慎重に考えられる人は起業しようなんて思わないかもしれません。
会社を作るときはもっと簡単だと思っていましたね。学生だったから良かったのだと思います。会社を辞めてゼロから起業すると、失敗したときに失うものも大きくなります。それに対して、学生がアルバイト感覚で起業した場合は失ったとしても自分の時間くらいですよね。だから気軽に始められたのです。
日本の研究開発の現状についてどうお考えですか?
ソフトウェアやシステムの分野では、日本から研究成果が出て広がって行くことが少ないのです。「新しいものはアメリカやヨーロッパから生まれるというイメージ」があり、その傾向はどんどん加速しています。これを私は研究開発の空洞化と呼んでいます。
最近では、日本で一流の大学を出た学生がGoogleなどの外資や海外の研究所に行ってしまうのが現実です。このままでは今から10年後には日本の研究開発力は非常に遅れをとってしまうという危機感があります。
現在、ほとんどの大企業の研究所でも10年先のことを考える余裕はなく、予算も1年単位で見直しがかかります。その一方で、大学の研究室では研究者たちがライフワークとして何十年もかかる研究をしていることもあります。企業と大学の研究は、うまく連携しているとはいえない部分がまだまだ大きいように感じます。
これに対して、ピコラボは5年先を考えています。なぜ5年先かというと、実際の社会で役立つ研究をするには10年先のことでは長すぎ、2~3年では短すぎるのです。このレンジは、企業から見ても大学から見ても、今後の研究開発において重要性を増していく部分だと思います。
株式会社ピコラボ
事業内容:情報通信技術・先端ソフトウェア技術の企画研究開発・コンサルティング業務
所在地:〒107-0061 東京都港区北青山1-4-6 246青山ビル3階