どのような学生時代を過ごされていましたか?
学生時代は普通のアルバイトや家庭教師等をしていたのですが、徐々に時間を切り売りしているような感覚を覚え、時間あたりの生産性・収入に限界を感じ悩みました。将来経営者になりたいと漠然と考えてはいたので、早くからビジネスには興味を持ちつつも、何をして良いのか分からなかった時代でしたね。一方で、頭を使って効率を上げれば上げるほど価値を生み出せる仕事はないだろうか、と常に探してはいて、そんな折りに、自宅のそばのソフトウェア会社の募集を見つけました。「これだ!」と感じ、あまり何も考えず飛び込みました。正直、プログラミングは全くの未経験だったので、入社当初は、プログラマーの素養を磨くために日夜業務に励むのみでしたが、働いているうちに、社内には自分よりできるプログラマーの方は沢山いるが、マーケティングがわかる人材は不足していて、マーケティングのほうが活躍できるのではないかと考え始めまして。それからは本屋に入り浸りありとあらゆるマーケティングの書籍を読んでは、ゼロベースから沢山の実践をして独自のマーケティングノウハウを積み重ねていきました。結果、新規事業をリーダーとして任せて頂き、自分で会社を経営できるまでの力をつけることができました。そのソフトウェア会社は、大成功している数多くのベンチャー企業のシステム開発・運用を受託していたため、新しいことに挑戦したい人を応援する雰囲気があり、自分にとっていい挑戦の場でした。そのソフトウェア会社の皆さんには本当に感謝しています。
会社設立後、事業を知的財産権の分野に特化した理由をお聞かせください。
理系だったこともあり昔から知財にはとても興味を持っていました。大学の研究室時代に多くの論文を読み、日本にはこれだけ優れた技術やモノを作れる人は沢山いても、それをビジネスに出来る人がいないと感じたこと、また、この状況をどうにかしたいと考えたことが一つのきっかけになっています。また、当時は、世間に知的財産権の解釈の範囲内で様々なビジネスへの応用を模索している法律家的な視点の人は沢山いても、知的財産権自体のあり方をビジネスや産業構造の変化に対して柔軟に変化させ活用できる機会を増やすような新しいインフラを提供しようというマーケッター視点での会社は無く、そこに大きなチャンスを感じていました。当時、金融市場等が非常に大きな流行を見せていましたが、全ての産業の源泉は価値があるモノを作る事に回帰していくだろうと思っていたので、知財のインフラ事業というのは考え方によっては世界で最大のマーケットを支えるインフラに成り得るだろうという、マクロな視点での理由もありました。私たちは、現在、知的財産権のあり方だけでなく、その技術の権利化・権利の行使や活用に必要な情報や人材もワンストップに提供しつつ、新しい知的創造サイクルのビジョンをお客様に示すことで、お客様から信頼を頂いています。今、産業はグローバル化し、商品のライフサイクルが短くなり、また、全ての産業分野で利用される技術が高度化・複合化しています。これに伴い、経済基盤はプロダクト型経済からナレッジ型経済へ移行し、企業価値の源泉も有形資産から無形資産へシフトしています。これは間違いなく今後も続くでしょう。私たちは、このような構造変化に合わせ、グローバルに「知的創造活動に必要なインフラ」を整備・提供することで、日本はもちろん世界中の知的創造を行う人を支援するサービスを育てていきたいと考えています。
株式会社パテントビューロ
知的財産権に関するメディア・データベース運営、広告事業、教育・啓蒙事業、知的財産専門人材の採用支援事業、知的財産取引のマーケット運営、それらに関連する事業全般
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