学生時代はどういったことをされていましたか?
将来の方向性を決めるべく、いろいろなことを経験しました。 総理大臣になろうと思って弁論部に、広告代理店に入ろうと思ってイベントサークルに、 キャピキャピしようと思ってテニスサークルに入りました(笑)。その後、何のために生まれてきたのかを考えようと思ってインドを旅しました。転機となったのは、アメリカズカップ日本代表艇の設計チームに参加したことでした。日本中から各分野の技術の最高権威が集まるプロジェクトでした。 世界中の国を相手に、最先端のテクノロジーを結集させて世界と勝負することに興奮を覚えました。いつか自分が先頭に立って戦うぞと思ったのです。
どういった経緯で、インターネットに興味を持ったのですか?
修士論文の時期に、ちょうどブラウザが世に登場した頃で、勉強するよりも、自分でいろいろプログラムを作り始めました。 ネット上のフォーラムで呼びかけて集まった仲間たちとの出会いをきっかけに起業し、 日本最初期の日本語検索エンジンを開発しました。 その後も「世界をあっと言わせるものを作ろう」という呼びかけのビラを東大の至るところにまで貼って、学生たちに参画を呼びかけました。結果、東大・早慶の学生が集結し、 トップクラスの学生を対象としたインターンシップ事業にまで発展していきました。その後も、某IT系企業の有名な社長から直々に技術を1億円で買いたいと言われましたが、大人に買われたくないと思って断りました。
普通に大企業に就職するという考えは一切なかったのですか?
なかったです。今の世の中って、知識革命と言われるくらい産業構造が変化するタイミングだと思っています。百年のスパンで見ると、今はすごく面白い変革の時期ですよ。 ビジネスの中で、革命が簡単に起こせる時代になります。現在、優秀な学生で、できあがった大企業に行く人は、幕末期に、幕府に仕えるのと同じかもしれません。時代が見えていない人が多すぎる気がします。
アメリカでは優秀な学生はベンチャー企業に行ったり、起業したりするそうですが、日本との違いはどこにあるのでしょうか?
メンター(相談役)の存在に違いがあると思います。博士課程を中退したとき、ある個人投資家の方にシリコンバレーに連れて行かれ、投資家相手にプレゼンしたことがあります。そこでは私のビジョンが大いに受け入れられ、足りないところはおれたちが埋めるから、とにかくお前はヒーローになれと言われました。アメリカでは、できないところを周りがサポートするという発想なんですね。一方、日本では、あげ足取りの細かい質問ばかりされました。 ダメなところを指摘して、実現の難しさばかり指摘してきます。そのせいもあり、そもそも日本のベンチャー企業の層が薄いので、学生が興味を持たないのも仕方ない気もします。
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