学生時代についてお聞かせください。
慶応キッカーズという、昨年50周年を迎えたサッカーサークルでの活動が中心でした。練習は週3~4回あって、準体育会のようなサークルでしたね。練習以外でも、サークルのメンバーと良く遊びに行っていました。
サッカーを通じて学んだことは何ですか?
チームをまとめて、チームみんなで目的を達成することの面白さを学びました。ですから、仕事でも、人と接しながら自分の力を発揮できる場所で活躍できれば良いなと考えていました。モノやお金を介在させないで、人と人とだけでできる仕事をしたいと思っていました。
そこで導き出された答えがリクルートだったのですか?
いえ、リクルートの存在なんて知りませんでした。当時は、電通でオリンピックやワールドカップなどたくさんの人が集まるイベントを誘致して、人に感動を与えたいと思っていました。
そこから、リクルートに入社されるまでの流れを教えてください。
大学のクラスに、リクルートに内定していた友達がいて、彼に誘われたのがきっかけです。「日本リクルートセンターって会社があるんだけどどうだ?」と言われ、最初は何それ?って感じでしたね。学生の就職を斡旋するという話だったので、ハローワークみたいな半官半民みたいなものかなと思っていたぐらいです。その後、会社に呼ばれ、一人の社員と話をしたことで一気にリクルートに気持ちが傾きました。
どのような内容の話をされたのですか?
40歳過ぎの部長だったと思いますが、とにかく若い感じがしたのです。「次に何をやりたいですか?」と聞いたら、 アルバイト情報誌のフロム・エーをやりたいと言うのです。当時フロム・エーはまだ出たばかりでしたし、別会社でやっていたのです。そこに移りたいと言っていました。「ベンチャースピリットにあふれていて、創業当時のリクルートのにおいがするから、そっちの方が面白いはずだ」と部長が学生を目の前にして平気で言うわけです。なんて変な会社だろうという衝撃を受けました。一方で、同じく40代の電通社員にもOB訪問しました。正直、スマートさは電通の人の方が上でした。かっこよくて、いかにも慶応ボーイという感じでした。ただ、自分が40歳を超えた時に、どちらのおやじになっているかなと考えてみると、電通の人は、憧れはするけど、自分は絶対ならないだろうなと感じました。自分らしく生きるには、リクルートに入るのが良いように思えたのです。
実際にリクルートに入社されてどのような仕事をされていたのですか?
営業です。人を説得したり、人と交渉したりというのは、サッカーでやっていた「人をまとめる」ことに近いと感じていたのでとにかく営業をやろうと思っていました。
輝かしいご活躍があったとお伺いしたのですが。
最初はすごくきつかったです。当時のリクルートは非常に強い競争風土がありましたから。負けず嫌いだったので必死に頑張りました。その結果、売上ランキングの週報で12週連続1位になったこともありました。そのとき目標の400%くらいの売上を達成していたのでこれでぶっちぎりだろうと思っていたら、それを越えてくる営業が何人か出てきました。本当に当時は信じられないくらい優秀な営業がいた会社でしたね。
セレブリックス・ホールディングス株式会社
事業内容:収益向上のための営業コンサルティングとアウトソーシング
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