環境情報学科を選ばれた経緯を教えてください
理系と文系が融合した環境情報学部では、コンピュータと経済政策の両方の知識を習得できることに魅力を感じたので、進学先として選びました。私は、幼少期をニューヨークで過ごしたのですが、米国は科学の教育が進んでおり、自分も将来は科学者になりたいと思うようになっていきました。しかしながら、祖父・父とも経営者である一家に生まれ、経営者というキャリアも考えるようになりました。経営について知識を深めるにつれ、経営を究めることでも、科学同様に社会に貢献できる価値を生み出すものづくりもできるのではと思うようになりました。
ゼミは、インターネット黎明期の技術知識を究めようとする徳田・村井研究会と、時期をずらして経済・政策を討論する竹中平蔵ゼミ、両方選択しました。両ゼミとも講師陣から要求されるレベルと、共に学ぶ学生のレベルがとても高く、自分を鍛えるには良い環境だったと思います。自分から積極的に道を作るタイプの人が学生にも教授にも多かったので、とてもよい刺激を受けました。
その後、金融機関に就職されていますね
実は、特に就職活動をしていたわけではないのですが、一期生だったので朝まで徹夜で論文を書いていた時、学内のネット環境を案内し、お会いしていく中でご縁があったのが最初の就職先となる三井信託銀行でした。就職活動という意識はなく、行員の方々と学内のネットワーク環境の話をし、他の行員の方々からも、インターネットについて教えてほしいと言われてはお会いするという事が何度か続き、気がつけばいつのまにか内定をいただいていたという感じです。将来経営者となるための基礎として、土台に財務知識は必須となることはわかっていたので、銀行に就職することに決めました。行員時代には、昼夜を問わず働きましたし、また海外大学に留学させていただいたので、金融の知識を深めることはもちろん、人脈を広げることにもつながりました。
その後、祖母との別離が大きな転機になりました。それまで経済の中心である銀行で働いていたのですが、一方でやはりお金を右から左へ、ただ流すことに一種の空しさを感じていました。資産というものは誰かが増えれば誰かが減るゼロサムの世界です。それよりは新しい今までになかったものを創造し、多くの人々の生活に貢献したいと感じました。そして人生が終わるときに後悔をしないように、チャレンジしてみようと乗り込んだのがこのIT業界です。元々は科学者になって人が喜ぶような発明をしたいと考えるような、幼少期を送っていました。今はその夢を現代的に置き換え、ITソリューション会社を作る事により実現することができましたので、とても充足した毎日を送っています。
株式会社Beat Communication
ソーシャルネットワークの受注、開発/システムの開発、構築/インターネット上のコミュニティサイトの構築、運営
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